ハーブ&ドロシー アートの森の小さな巨人

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「審美眼を持った貧乏人」であるアートコレクター夫婦を追ったドキュメンタリー。
2人の収集基準は「自分たちのお給料で買える値段であること」と「1LDKのアパートに収まるサイズであること」。たまりにたまった価値あるコレクションは、ついにナショナルギャラリーに寄贈されることとなる。

原題:HERB & DOROTHY
監督・プロデューサー:佐々木芽生
撮影監督:アクセル・ボーマン
音楽:デヴィッド・マズリン


リスペクト!おもしろかったです。ふつうにNYアートシーンの遷移を追えるのも興味深いし、なによりハーブ&ドロシーの姿勢にびっくりする。

仕事の合間をぬって、ギャラリーやアーティストを訪ねまわり、作品を観倒して、その作品の意図や背景を熱心に理解しようとする。2人の収集基準から作品はおのずと小品に限られるが、より優れた作品を見つけようとする嗅覚と情熱がすさまじい。

あるアーティストが「誰でも2人のようにアート界と関わることができたのに、誰もそれをしようとしなかった」と語っていたけれど、こんなこと誰にでもできることじゃない。何よりすごいのは目線が濁らないこと。目が利くから、2人が見初めたアーティストが売れっ子になったり、いきおい2人自身も有名になったりするのだけど、その姿勢は全く変わらない。作品を買うために借金を重ねても、糊口をしのぐためにコレクションを売ることもしない。ドロシーは「楽しくなくなったらやめるわ」と語っていたけれど、広く浅くのたちの自分はたぶんここまで世界にのめりこんだら楽しくなくなるし、純粋に作品だけを見つめることができなくなると思う。でもそれと同時に、どんな分野でもそのひとなりのお金と時間と情熱をかければ、必ずなにかしらの見返り・恩恵を授かっているということはわたしにもわかるので、そういう好例にもなっていると思った。

あと、ハーブが郵便局員、ドロシーが司書で/公務員仕事をしているという事実もおもしろかったな。同僚はハーブがアートを好きであるということすら知らなかったという。よくいわゆる「クリエイティブ」系のひとが「おれ、サラリーマンの友だちいないから」とか「サラリーマンと話あうの?」とか言ってくることがあって、その度わたしは「そんな了見でよくもクリエイティブだなどと」と心の中で思いながら、へらへらとお酒を飲んでいたりするので。おもしろいひとというのは、レッテルに関わらず広い範囲で生息しているものなので、それ見逃さないようにしたいなあ、なんて思いました。

最後に2人はナショナルギャラリーに作品を寄贈することで、文字通り「アート作品に埋もれた」暮らしから脱却して、少しは人間らしい暮らしができる1LDKが姿を見せる。けれど2人はナショナルギャラリーからの謝礼金でまた作品を買い足しに走ってしまう。その姿は笑ってしまうけど、おそろしく神々しかった。


★★★