「その後母性は爆発してる感じ?」と、ほぼ同時期に出産した友だちからメールがきて、ピンときた。ちょうど先日、犬山紙子さんが出産についてコメントされており、わたしも「……!」と感じたところだったのだ。
巷で「人生で一番幸せな瞬間」「生きてて良かった」と言われる出産―。川上未映子先生は、名著『きみはあかちゃん』で「この子に会うために生まれてきた」と言っておられるし、都会的でクールな先輩も「こんなわたしでも母性がすぐ芽生えてきた」と言っていた。思慮深く聡明な友だちにすら「(あなたが)妊娠したから言えるけど、子どもなしの人生なんてありえない!」とまで言われた。わたしは、「これは出産を期に、紀元前/紀元後 くらいの価値観の転換があるにちがいない!!!」と、ものすごく期待していたのである。
- 作者:未映子, 川上
- 発売日: 2017/05/10
- メディア: 文庫
ところが、いざ出産を迎え、わが子の顔を見たときのわたしは、正直「ハァ……」とか「ヘェ……」という反応だった。逆子が直らず、帝王切開での出産だったということも大きいだろう。あれだけ大きかったおなかからたしかにブツが消失しているにも関わらず、とにかく「赤子との一体感」「わが子感」みたいなものが超薄く、「未知の生物が降臨した」って感じなのである。UFOから宇宙人が降りてきて「コノ生物ヲアナタニ託シマス」と言われたほうがよっぽど腑に落ちるくらい。ちなみに前述のメールをくれた友人も帝王切開での出産で、子どもが自分の中から出てきた感が薄く、「鎌倉行って『昔ここに源頼朝がいて、鎌倉幕府があったのかー』くらいのピンとこなさ」と表していた。
産前、よく「犬猫」と「子ども」のかわいさについて比較して「レベルがちがう」という話を聞いて、「それは未曾有のかわいさだな……」とふるえていたのだが、それも思ったほどレベルがちがわない。
ちいさくてほそくてふにゃふにゃで、「うに…」やら「ミニャ…」などと音を発しているこの生物を「とにかく死なせてはいけない」という謎の使命感だけは強くわくけれど、それって犬猫の赤ちゃんでもおんなじだし、24時間顔を突き合わせる未知の生物ならなおさらだ。
ちがいがあるとすれば、犬猫の赤ちゃんの死を想像するだけで泣けてくるのに対して、子どもの死はおそろしすぎて想像することすらできない。脳が拒否するという感じ。
実際に生活を共にしていくと、種としてのかわいさがわかってくるのも同じだ。犬猫も実際に飼うと「この瞬間のこの角度のこのフォルム」とか「この時期のこの部位のこのにおい」とか五感と生活感をフル活用したこまかなポイントに目がいき届くようになり、自分の家の犬猫はもちろん、よそ様の犬猫のかわいさもよくわかるようになる。赤子に対しても同じ目線がはたらき、よその赤ちゃんのかわいさがよくわかるようになった。
淡々と育児は続いていった。とうとう「客観的に見て一番かわいい」という言語矛盾をくりだすようになった夫を尻目に、おそらく育てやすい部類に入るわが子を日々観察しながらも、「人の子は犬猫の子より手がかかるな……」とか「種として弱すぎるのでは……」とかドライなことを考え、睡眠不足で鬱々としながらも、どうしたら自分のたのしみの時間を確保できるか、という産前とまったく変わらぬ自己中心的な思考を続けていた。
そこへきて、犬山紙子さんの「愛おしさは想像をゆうに超えていて(無量大数倍)、少しでも離れると涙が出るし、見つめていると大切がすぎて涙が出る」「愛情が凄まじいことに」というコメントである。犬山さんは酒好き・犬好きということから勝手に親近感を感じていただけに、余計にである。なにこの熱量の差……!スタートダッシュでそんなになのか……!
すくなくとも、自分は「産む」ことで溢れんばかりの愛情が湯水の如く湧いてくるわけではなかった。「育てる」過程で愛情を感じていったし、そのことが不安だった。むしろ、産前から薄々気づいていたが、自分の中には無償の愛、無条件の愛というものは存在しなかった。ニコニコしていればかわいいし、かんしゃくを起こされればつらい。よく眠ってくれればうれしいし、夜泣きされればしんどい。さいわい、わが子は赤ちゃんの見本のような天真爛漫なやつで、誰からもかわいがられるタイプだが、これで神経質なやっかい者だったらどうなっていたかと思うと、背筋がうすら寒くなる。
実際に出産してみて、やはり自分は「結婚も出産も自分はしてよかったとは思うけど、いいこと尽くしではないし、まして万人に薦められるものではない」と思う。「子どもいいよ!産みなよ」って言う人の気持ち、自分も産めばわかるのかな?って思っていたけれど、あいかわらず全然わからない。出産というものをなんとなく夏休みの宿題みたいに感じていたけれど、子どもの昼寝中に聞いていたTBSラジオで、福岡伸一先生は、「結婚・出産しなくても何も罰せられないということに気づいてしまった人間は、遺伝子の呪縛(産めよ増やせよ)からの脱出に成功した唯一の種」と言っていて、遺伝子の呪縛に日和った自分に気づかされるのであった。
子供産んだくらいで世界観が変わる訳ないじゃん!!
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そんな気持ちを一言で言い表してくれたACO様は偉大。