Girl / ガール


バレリーナになる。
この夢は、何があっても諦めない。
美しきトランスジェンダーの少女ララ。
イノセントな彼女がたどり着く、映画史上最も鮮烈で
エモーショナルなクライマックスに心震える感動作

英題:GIRL
監督・脚本:ルーカス・ドン
脚本:アンゲロ・タイセンス
撮影監督:フランク・ヴァン・デン・エーデン
編集:アラン・デソヴァージュ
振付師:シディ・ラルビ・シェルカウイ
美術監督フィリップ・ベルタン
衣装デザイン:カトリーヌ・ファン・ブリー
ヘアメイク:ミシェル・ベークマン
音楽:ヴァレンティン・ハジャド
Based on a True Story.


しずかに燃えるような すさまじい衝撃。
「もう観ていられない」と思うようなつらい描写も多く*1、決して万人にはおすすめできないけれど、わたしにはぐっさり刺さりました。涙が止まらなかった。

たしかにストーリーはなかなかにショッキングだけれども、描いていることはとても普遍的なことだと思う。思春期の醜形恐怖と焦り、理想と現実のギャップ、家族に対する感謝と疎ましさ、すきなことや憧れへの情熱と、それに一瞬手が届きかけた時の多幸感。

とにかくこの題材を描くのにバレエというモチーフが合いすぎている。「女の子」という型にはまること。1日レッスンを休むと取り戻すのに3日かかるという過酷さ。第二次性徴による変化でただでさえ効かなくなる身体。*2足をボロボロにするが、限りなく美しく優美なポワント(トゥ・シューズ)。

主人公のララを演じているのは、シスジェンダーのダンサー ヴィクトール・ポルスターだが、この事実だけでもどれほど大変なことかは想像を絶する。劇中で説明されている通り、本来ポワントは幼少期からじっくり慣らして履くものだが、この演者はララと同じ条件でポワントに取り組んだわけで、なおかつ今まで長年踊ってきた男性の踊りを封印して、全く異なる女性の踊りに挑戦しているのだ。
劇中で、ララは「自分を解放して」と教師に叱咤されるが、リミットははずしつつも、自分の中の男性性を抑えこみ、優美な女性性を表現するなんて、どれほど難しいことだろう。その困難な状況に、ララはしずかな微笑みをたたえたまま、ただひたすらにルーティンをくり返す。「今のままではだめ もっと努力しないと」と叱咤をくり返しつつも、ララを抱きしめてしまう教師の姿には、涙がこぼれてしまった。
ララはトランスジェンダーの役者が演じるべきという批判があったらしいが、それは盲目的な逆差別のように感じられる。このヴィクトール・ポルスターの演技を観てもなお同じことが言えるだろうか。それくらいヴィクトール・ポルスターの表情やたたずまいだけで胸に迫ってくるものがある。

「なぜバレエなのか?」という点を説明しないのも良い。ララの踊りが一皮剥けた瞬間の、ララや団員の表情、教師の賞賛の言葉だけで、バレエの楽しさや中毒性を雄弁に語っていると思う。*3

そして監督の出身地でもある、「世界一、トランスジェンダーへのケアが行き届いた街」と言われる、ベルギーのヘントのすばらしさ。家族や医師の受容度はもちろんのこと、嫌がらせをしてくる団員すら「トランスジェンダー」ではなく「頭角を現したこと」が動機として描かれていることに感動してしまった。ここのところ「カビくさい…おっさんの発案みたいだ…」とモヤモヤしていたディズニーのポリコレを吹き払うような、社会の提示。
1991年生まれでニュー・ドランと目されるルーカス・ドン。これが長編デビュー作で、短編も一貫して「ダンス」「変革」「アイデンティティ」について描いてきたという。これは追うしかない!

鮮烈なラストに賛否両論があるらしいが、監督がパンフレットで語っている通り、これは「間違った選択」として描かれていると思う。ただ、その選択も含め、モデルとなったノラ・モンセクールを否定しないという着地なのだと。
どんなに本人の努力と周囲の理解があっても、誤った道を選んでしまうかもしれない思春期の危うさとその選択の哀しさ。それでも生きていさえすれば浮かぶ瀬もあるかもしれないほのかな希望。

鑑賞後、「彼女が踊り続けてくれているといいな」と思い、調べてみるとコンテンポラリーに転向はしたものの、プロのダンサーとして活躍されているということで、ホッとしました。ほんとうによかった。


★★★★

*1:同じ列の女性は頻繁に手で顔を覆ってしまっていた

*2:急激に硬くなったり、踊りが崩れたりする。

*3:ただ、それは経験者だから感じることで、ダンスに全く興味がない人にはもうちょっとガイドを増やした方が観やすくなったとは思う。