蜜蜂と遠雷

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私はまだ、音楽の神様に愛されているだろうか?
生命と魂を懸け、ピアノコンクールに
挑んだ天才たちの 情熱と修羅の物語

監督・脚本・編集:石川慶
ピアノ演奏:河村尚子、福間洸太朗、金子三勇士、藤田真央
春と修羅」作曲:藤倉大
オーケストラ演奏:東京フィルハーモニー交響楽団
原作:恩田陸


「あの『愚行録』の石川慶監督が『蜜蜂と遠雷』!?︎」とずっと楽しみにしていた作品。

たぶん誰がどんな作品を撮っても、原作ファン全員を納得させることは不可能で、かつ原作者から「前後編禁止」「3時間は長い」という制約付き。その中で、原作から抽出するエッセンスを大胆かつシンプルに絞った、すこぶる映画的な、大変勇気のあるアレンジに舌を巻きました。

「無上の音楽」を「読者」の耳に鳴らすことに成功してしまった原作を映画化するには、「実際の音楽と映像で観客を徹底的に圧倒すること」と「それが四者四様であること」が絶対命題であり、そこに力点を置いて資源を集中しているのはほんとうにすごいことだと思います。演奏シーンのすばらしさに、ただただ「ピアノすごい!」と感動してしまいました。

好きなものへの純粋で真摯な向き合い方と、それが自然にお互いを救うさわやかさに満ちた映画で、とても満足したのですが、惜しむらくは高島明石の扱いかな、と。
おそらくは原作未読の観客のために、四人の構図をわかりやすく映画的にした結果、明石については天才たちの覚醒のトリガー程度の位置づけで、敗北が強調される形になってしまった。「生活者の音楽は、音楽だけを生業とする者に劣るのだろうか」という問いかけだけで泣けてしまうような、おれたちの代表・高島明石。映画は栄伝亜夜の物語になっているけれど、原作は、まちがいなく高島明石の物語でもあるので、すこしさみしい気はしました。*1

石川監督は、黒沢清監督に似た資質があると思うので、天才への「畏怖」や「異物感」の気配が感じられたのも良かったです。ホラー撮ってほしい。
石川慶監督をこれからも追うべき監督だと確信できたのが、一番うれしいです。


★★★★

*1:でも、原作未読の方で「『春と修羅』は高島明石の演奏が一番好きでした」という感想をいくつか見かけたので、ここまで意図しての決断なのかな、という気もする