私の「時間」が刻みはじめる。
37秒間ーそれは、生まれてきた時息をしていなかった時間。
第69回(2019年)ベルリン国際映画祭 パノラマ部門最高賞(観客賞)、国際アートシネマ連盟(CICAE)賞をダブル受賞
英題:37 SECONDS
監督・脚本:HIKARI
助監督:二宮孝平
撮影:江崎朋生、Stephen Blahut
編集:トーマス・A・クルーガー
美術:宇山隆之
ヘアメイク:百瀬広美
スタイリスト:望月恵
サウンドデザイン:Sung Rok Choi
音楽:Aska Matsumiya
挿入歌:CHAI
世界的新進気鋭・HIKARI監督の長編初監督作品。
各地で絶賛されているのを知っていて、劇場で観よう観ようと思っているうちにコロナ禍。日本のNETFLIXに上がってくるのを心待ちにしていました。
号泣……。前評判の高さも納得の出来栄え。一人の女性が自力で羽ばたくまでを描いた普遍的な物語だし、マイノリティやその周りの人々の佇まいや優しさを自然に描き出してもいて、監督の価値観やスケールの大きさを感じました。
まず、主人公の視点に寄り添うようなカメラワーク。この位置からだと不快なものが眼に映ってしまいやすいんだ…というかるいカルチャーショック。その後の淡々と描き出される生活描写からも
不安や心細さがしんしんと降り積もっていく。そんな主人公を見守る母親の過保護にも充分納得できる。
個人的には、「外の世界の子を見ることはできない」親の『20センチュリー・ウーマン』的な側面に泣かされっぱなしでした。子どもが羽ばたく手引きをすることも、その瞬間を見ることも、親にはかなわない。
メンター役は最高に魅力的に描かれるのが肝で、『20センチュリー・ウーマン』で言えばグレタ・ガーウィグだし、『ローラーガールズ・ダイアリー』ならクリステン・ウィグを筆頭にしたHurl Scoutsの面々。今作で言えば、板谷由夏演じるアダルトコミック雑誌の編集長や渡辺真起子演じる障がい者専門のセックスワーカーだ。
それでも、母が娘への呪縛を解いて、巣立ちを受け容れるシーンの尊さには言葉がなかった。親も子に救われている。『レディ・バード』や『ローラーガールズ・ダイアリー』、
『スウィート17モンスター』のような青春映画の輝きがあった。
主演の佳山明さんのイノセンスは言うまでもないけれど、それがさらに共演者の役者魂に火をつけている気がした。もともと名優ぞろいのキャストだと思うけれど、みな明らかに魂の込もった演技をしている。石橋静河が「どんな小さな役でも」と出演を熱望したのも、佳山明さんの初日舞台挨拶で共演者たちがもらい泣きしてしまったというエピソードもすごくうなずける。
後半の展開の唐突さや介護士のキャラクターを疑問視する声もあるようだけれど、わたしにはとても自然な流れに思えた。わたしの夫の仲間のパンクスは介護に従事している人がとても多いため、あのキャラクター造形や一連の行動、主人公との距離感はとてもよくわかる。ひとに手を差し伸べることへの垣根が低く、もちろん基本的に善意や好意に根ざした行動だけど、あくまで仕事でもある。
こういうキャラクターを自然に描いているということは、おそらく監督自身もマイノリティ・コミュニティとのつながりが深い人なんだろうな、と感じたし、どことなくドリュー・バリモアを思わせるようなところがあるなと思いました。
次回作がとても楽しみです。
★★★★