はちどり

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この世界が、気になった
世界の映画祭で45冠、韓国で異例のヒットを遂げた、キム・ボラ監督長編デビュー作

英題:HOUSE OF HUMMINGBIRD
監督・脚本:キム・ボラ
撮影:カン・グクヒョン


高評価は漏れ聞こえてきていたけれど、信頼の友の激推しで、優先順位を上げました。たしかにこれはすごい……。なにがすごいってこれが長編デビュー作というのがやっぱりすごい。
描写自体はものすごく繊細なのに、省略や余白がものすごく大胆で、巨匠感がただごとじゃない。

とにかく徹底的な14才の目線と大胆な余白が圧巻だった。
冒頭のエピソードから不穏な豪速球を放ってきて、目が離せなくなる。自宅のドアが開かず、主人公ウニは母親が故意に開けてくれないのでは、と半狂乱になるが、実は階をまちがえていた、というエピソード。なんということはない話だけど、ここにすでに14才の不安やよるべなさ、認知の歪みがぎゅっと凝縮されている。しかもなんの説明もないし、たぶん観客によって受け取り方もだいぶちがうと思う。

そこから淡々としずかに描かれていく、14才ならではのせまい世界にぱんぱんに詰まった無力感、理不尽、自己嫌悪、やるせなさ、と希望。他人のことどころか、自分のことすらわからずもがく危なっかしさ。世界の残酷さ*1と美しさ。そして、メンターとの出会いによって訪れる成長と開かれる世界の扉。ラストに至って、ウニの目に映る世界は確実に変わっているように見える。

それまでのウニの目に見える世界は、おそらく現実の世界とはすこしずれている。例えば冒頭のエピソードや彼氏のイラスト、友だちの「ウニはときどき自分勝手」という言葉など、そこかしこにピースがさりげなく配置されているので、ほんとうに油断ならない。とくに、ウニの目に映るヨンジ先生の「ファム・ファタル」っぷりはすばらしい。煙草にお茶にお香。あこがれてしまうよね。

そのピースのなかでも、終盤提示される「母親の目線」という一撃は決定打だった。あらすじに書かれている「自分に無関心な大人」という一文に、自分はずっと違和感を感じながら鑑賞していたのだけれど、この描写でそれが決定づけられた。友だちやいっしょに暮らしている家族でさえ、心の中はわからない。それでも視線が合わないだけの、一方通行の愛情は存在する。

他のどの登場人物の目線を通しても、全くちがう物語が姿を現しそうな余白。女性の視線の描写が多いけれど、男性への抑圧にも寄り添っている。そんなふうに個人的なちいさな物語でありつつも、家族は最小単位の国家なんだな、と思わせるような国全体の問題への照射や次の世代へのエールも見事でした。

とくに連想したのはエドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の思い出』。説明しない余白はイ・チャンドン、世界と自分との間のうすい膜、淡く発光するような透明感は岩井俊二。あとは「しこりの消失」やヨンジ先生の造形など、モチーフに激しく村上春樹みがあって、ヨンジ先生失踪するか亡くなるかするのでは……と思ってしまった。

追記:
前述の友だちが教えてくれたので、『リコーダーのテスト』も観ました。

t.co

『はちどり』の前日譚。
よりミニマルで『はちどり』と完全なる地続きでふるえた。これもやはり世界の扉が開かれるちいさな物語で、とても味わい深い。

自我や承認欲求の高まり、よその家との比較や両親の全能感の薄れなど、少しずつ世界が拡張していくウニの成長がまぶしくて切ない。

わたしは、やっぱりどうしても過剰にウニのおかあさんにいれこんでしまう。彼女の「可愛い」に全然嘘はない。ただあまりに疲弊し、摩耗し、諦めてしまっているのだ。でもちゃんと家アップグレードしててえらいじゃん、と思った。


★★★★

*1:「前の学期の話」というパワーワードよ!