すばらしき世界

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この世界は 生きづらく、あたたかい。
実在した男をモデルに「社会」と「人間」の
今をえぐる問題作

監督・脚本:西川美和
編集:宮島竜治
撮影:笠松則通
照明:宗賢次郎
録音:白取貢
美術:三ツ松けいこ
衣装デザイン:小川久美子
ヘアメイク:酒井夢月
音楽:林正樹
原案:佐木隆三


けっして一面ではない、この世の、人の、残酷さ、うつくしさよー!

西川映画は、師匠の是枝監督と比べると、こちらが思いを馳せる余白をより多く残してくれている気がして好きだ。
個人的な体感でしかないのだけれど、例えば「差別」という概念ひとつとっても、是枝監督の場合、極力フラットに描いていても、うっすら監督の主張やメッセージが透けて見えるのに対して、西川監督の場合、ただ「そこにあるもの」として描き、観客に思考をあずけてくれるような作風に感じられる。観客によっては、突き放されたような無責任さを感じる場合もあるかもしれないが、わたしには、監督が基本的に観客ひいては人間を信頼し、いい意味で理解をあきらめている証のような気がする。

人物の描き方は、いつも多面性やわからなさがきちんと残してあって、本当にすごいなと思う。
例えば、長澤まさみ演じるプロデューサー描写の鮮やかさったらない。役所広司演じる三上をまさに「食い物」にしそうな雰囲気を漂わせながら薄っペらい正論をぶってみせ、「しかも焼肉屋に白ワンピ……」と観客を閉口させた後に、彼女なりのポリシーを炸裂させてみせる。「撮らないなら止めろ!止めないなら伝えろ!」ここに仲野太賀演じる津乃田が配置してあるから、観客はハッとしながらその後の津乃田の三上との関わり方の選択に寄り添っていける。しかもその選択は「止めて書き残す」ものになっていく。一時が万事この見事さよ!

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役者陣は皆すばらしかったけれど、その中で、中心を張る役所広司の実在感たるや……!実は三上が周りの人々と交流を深めていくシーンは必要最低限だ。それでもその不器用さと不思議な魅力に人が惹かれるところに、ゆるぎない説得力がある。乱闘シーンもすごかった。アウトローの方に喧華が強い人の条件を聞いたことがあるのだが、それは体格やテクニックではなく、「判断のスピードと躊躇の無さ」なのだそうだ。その後の邪気の無さも含め、本職の人に見えておそろしくなった。

わたしたちには、各々の偏見や価値観や事情やつながり方があって、それらをすり合わせたり、時には目をつむったりして生きている。それはもはやどちらが歪んでいるのかわからなくなることだけれど、それでも三上の周りに残った人のように、「できないこと」を受容し、自分のできる範囲で変わり力を尽くすことでしか、より善い世界をつくることはできないのだと思う。弁護士夫妻もケースワーカーも婦警も、分相応の範囲内での最善を尽くして、三上と向き合っていた。

スーパーの店長の「今日は虫の居所が悪いんだね。また今度話そう」という態度には、本当に頭が下がった。わたしは、もう自分の言葉が届かなくなってしまった相手に対して労力かけたくないドライ人間なので、まちがいなくシャッターガシャーン案件だったから。ただ、わたしの友だちにも辛抱強く対話できる人がいて、「どうしてできるのか?」と問うたところ、「もはやその人のためというよりその人の後ろにあるものに立ち向かうため」*1という答えが返ってきて、このスーパーの店長も「三上をあきらめたくない」という思い入れの上に、町内会長としての社会意識みたいなものが乗っていたのかな、と思った。自分も年齢的に社会との関わり方を強く考えさせられた。

ラストの三上の一日は思い出しただけで泣けるし、それが明日に続いていたらどうなっていたかを考えると切なくて苦しい。
もっと救いなく描くこともできたと思うけれど、より希望やあたたかさの方に目を向けて描いていることに、西川監督の優しさを感じた。(これは原作があるからかもしれない。)
「娑婆は我慢の連続ですよ、我慢のわりにたいして面白うもなか。そやけど、空が広いち言いますよ。」


★★★★★

*1:例えば、カルトにハマってしまった友だちが聞く耳を持たなかったとしても、そのカルトの存在自体を見てみぬふりはできない、というモチベーション