ハッピーアワー

f:id:tally:20220107140124j:plain


監督・脚本:濱口竜介
脚本:高橋知由
撮影:北川喜雄
助監督:斗内秀和、高野徹
音楽:阿部海太郎


濱口監督すごすぎる!とワーワー騒いでいたら、友だちが借してくれた。
期待を裏切らずほんとうにおもしろかった。5時間超えの長さを全く感じないし、サブテキスト読みたいし、サブストーリー蔵出ししてほしい……。濱口監督の講義やワークショップ受けてみたいなぁぁぁ!

とにかく脚本にマーカーを引きながら読みたいほど、パンチラインの連続。膜で隔てたような実のない会話に、ボクシングのような言葉の応酬、そして身体的コミュニケーション。それらを駆使してもこぼれ落ちてしまうものと、それらを超えて伝わるなにか。
「偶然の積み重ねが運命」、「なりたい自分との差からくる自己嫌悪」、「誰にも聞かれなかったから言わなかった」、「誰も悪くないのになぜこんなに傷つくのか」、「正しさとか関係なくない?」と、次から次へとぶっ刺さる議題が湧きだしてきて、ただただ泣いてしまう時間もあった。

もともと群像劇は大好きだけど、各登場人物への距離感が見事だった。間違って見える人の言い分も一理あるように描かれているし、ちょっと嫌いになりそうなタイミングでぐっと引き戻されたり、ずっとシーソーを揺らされ続ける。鵜飼のワークショップで語られていた「自分と他者との重心を探る」ように、映画内で繊細に調整され続けるバランスは、全編にわたってすばらしかった。
ともすれば「濱口監督は離婚テロリストだ……」と感じてしまうような内容で、実際「結婚は進むも地獄 引くも地獄」というせりふがあったり、「良い妻でありたいという気持ちには何の価値もないと、何もしないということで踏みつぶす男」という概念が描写されていたりもする。仮題は『BRIDES』だったそうだが、それを『ハッピーアワー』とほんの少しだけ希望に引き寄せたタイトルにしたことにも、このバランス感覚は象徴されているような気がする。
鵜飼の「全然わかんないんですけど、いいんじゃないですか、すごく」というせりふを聞いて、濱口監督はこういう目線で人を見ているのかな?と思ったりした。

また、特典の『幸せな時間の先に』(出演者インタビュー)がべらぼうにおもしろかった。良彦を演じた役者さんが「脚本を読んで最初は嫌い、友だちになれない、と思った。今は全然ある、友達になれる、と思う。」と話していたのが、まさにこの映画を言い表していると思った。また、ラッシュを観てどんどん魅力的になっていく主演4人にびっくりした、と話している役者さんがいて、これは本当にわたしも同じ!と思った。職業俳優ではない4人の女性のふとした瞬間が、はっとするくらいうつくしく映し出されている瞬間が何度もあって。ずっと共にワークを重ねてきたメンバーならなおさら驚きが大きいのかもしれない。

わたしは濱口監督と村上春樹には親和性があると思っているのだけれど、村上春樹の文体と同じく、濱口監督の電話帳読み演出も発明だな、と思った。あとは、自分がとても影響を受けた『マグノリア』や『薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木』(江國香織)と近いものを感じて、この作品も何度も反芻することになるだろうなと思う。



追記:
後日サブテキスト掲載の『カメラの前で演じること』も読んだ。


役者の理解のために書かれた脚本がこんなにもおもしろいなんて本当にぜいたくだ。「ベイルート」や「旧グッゲンハイム邸」などディテールが楽しくて、濱口監督のサブカルオタクぶりが伺える。


★★★★★