ある男


愛したはずの夫は、まったくの別人でしたー
それでも、また愛せるのか。


監督・編集:石川慶
脚本:向井康介
撮影:近藤龍人
照明:宗賢次郎
美術:我妻弘之
装飾:森公美
スタイリスト:高橋さやか
原作:平野啓一郎


みなさま、あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

さてさて、映画初めです。本当は新年一発目は景気がいいやつ(イメージ:ドウェイン・ジョンソンが出てるやつ)を観たかったものの、いま一番観たいのはこれだったんですよね。
結果、観逃さないで本当に良かった。去年のベストに組み込みます!原作未読ですが、絶対に読みたい!


まずは、映画うま!なんて端正な映画を撮るんだろう!社会派とエンタメのバランス、多角的な人物像、豪華な役者陣など観ていてうっとりしてしまった。「そこで…説明…しない…!」と何度も心の中で快哉を叫んでしまった。


以下、ネタバレ




まず、「ラベル/レッテル」と「アイデンティティ」の関係というテーマがそもそもおもしろい。序盤の序盤で安藤サクラが「家庭…はないですよ?」とそっとラベルをはがしてみせるシーンからすでに気が利いていた。その後も登場人物のそれぞれが名字や国籍、家族、血筋、に苦しめられたり囚われたりしている描写が、そこかしこに配置されていく。その配置の仕方、強弱のつけ方がさりげなくてしかもおそろしいほど的確。

差別してくる側である妻夫木の義両親や眞島秀和の描写も秀逸だった。「よくこんな端的にやだ味だせるな!」と『愚行録』に引き続きのお家芸に笑ってしまったし、人(観客)ってけっこう瞬時に人の好き嫌いを判断しているんだな…とちょっとこわさを感じたりもした。あと、この映画を観る人の中にも無意識にああいった差別発言をする人がいないわけじゃないと思うんだけど、あんなん観せられてどんな気持ちがするんだろ?

そんな中、一人「ラベル/レッテル」をあざ笑うかのような柄本明の怪演最高最高最高!あまりに芯食ったこと言うので感心してしまった。とくに「〇〇っぽくない〇〇が一番〇〇」という論理は、自分の中にも思い当たる節があって、「うわー!なんていやなこと言うんだよ!正しすぎる!」と唸ってしまった。

柄本家は日本の宝。舅嫁共演尊すぎ……。(この起用も「ラベル」使いを意識しているのだろうか?)役者陣はみな最高で、この映画にクレジットされるの役者冥利につきるだろうなぁと思いました。


安藤サクラ母子を中心に描かれる「ラベル/レッテル」をはぎとって残る、その人に対する純然たる感情の描写に感動しつつも、決してそこで終わらない黒い側面、妻夫木の人物像の深みとラストの切れ味がすばらしかった。

在日三世としての苦渋をなめつつも人権派弁護士として尊敬されるクリーンな姿と裏腹に、家では常に酒飲みながら仕事。あんなローテーブルに酒置いといて子どもにどなるとかマジでないから。その後も同窓会から帰ってきた妻に寝かしつけバトンタッチ。戸建てと第二子を希望する妻はスルーだが、SNSで過剰なリア充アピールなどなど、ちょっと『来る』の妻夫木っぽくて最高でした。おれたちストニュー世代の星、これからも応援しています。

妻夫木家の顛末も、「ラベル」はがし(妻の浮気すらも「ラベル」をはがす行為に含まれているように思う)の黒い側面と、それを否定的には描いていないように感じられる射程がすばらしかった。
余談ですが、バーに勤務していたことがあるので、ラストの黒妻夫木は「あ~悪い遊びしてら~」(バーあるある)とニヤリとしてしまいました。わたしは現実逃避の一環と捉えたけれど、本当に飛んだかもしれない可能性も残しているのがまた良かったです。


★★★★