別れる決心


疑惑がふたりを惹き寄せ 愛がふたりを引き裂いた
出会いは”刑事と容疑者”のはずだった。世界を魅了したサスペンスロマンス

原題:헤어질 결심
英題:Decision to Leave
監督・脚本:パク・チャヌク
脚本:チョン・ソギョン
撮影:キム・ジヨン
編集:キム・サンボム
美術:リュウ・ソンヒ
衣裳:クァク・ジョンエ
音楽:チョウ・ヨンウク


まさしく何回も観たくなるようなスルメ映画。道具立てはベタなのに、唯一無二の味わい。ヒッチコックの『めまい』はもちろん、近作だとPTAの『ファントム・スレッド』を思い出したりした。メロドラマすれすれの俗悪な話がなぜか崇高さを帯びる/常人の理解を突き抜けた男女のバランスゲーム/幸福と不幸、現実と夢の境が溶けていくような甘美さ


以下、ネタバレ


前半はロマンスとミステリー要素が物語を牽引するのだが、後半はヘジュン視点の虚実とソレの真意がどんどん迷宮化して、観客に解釈が委ねられていくのがたまらない。わたしはファム・ファタルに翻弄されたいマンなので最高でした。「あなたの未解決事件になりたくて」と言われて「僕は完全に崩壊しました」って言いたいーーーッ!これを気持ちよいと感じるかイライラするかで好みが分かれそう。(「退屈」という感想やとくに「ソレ嫌い」という女性の意見もよく見かけるので。)


わたしはどちらかと言うとヘジュンの方にイラっとしてしまった。まず、経済力ある妻を持ち別居婚、趣味のよい自分の城でプラトニック・ラブとかさ……男の夢かよ!楽しすぎるだろ!自分は「水」ソレは「写真」のひとだから同族……♡、とどんどん気持ちを加速させていく。(実はどちらも逆であると示唆されている。)(けど、この誤認込みのときめきこそプライスレス!わかるよ!)
ゆえに、絆創膏に香水、リップクリーム間接キス、夕食がアイス、(お寿司期待してたの笑ったなー)、などと嬢王無双なソレの前ではヘジュンちょろすぎて……!鑑賞中何回か「ちょろ!」って笑っちゃったよ。
ただかわいくもあるんだよねー。エリート警部だけど優男で隙があり、妻や後輩からもわりと無茶ぶりされている。ソレにもがんばって炒飯つくったり、部屋片づけたり、誇り(仕事)を捨てて守ろうとしたり。 ソレは「八百屋お七」のようなヤバさのあるキャラだが、ヘジュンはそのソレに対して「キャバで身を持ち崩すひと」のようないじらしさがあり、パク・チャヌク作品はとかく高尚に取られがちだけど、こういう身も蓋もない下世話な部分もちゃんとおもしろいよなぁ、と改めて感じました。

全編を通じて、言語によるずれが描かれているのもとてもおもしろかった。そもそもの母国語のちがい、使う言語に起因する人格や関係性の変化、言葉が届く時間や受け取り方のずれが、さらに物語を深める。「刑事(母国語話者)と容疑者(非母国語話者)」という圧倒的に力の差がある関係から始まったふたりだが、話す言語によって印象やパワーバランスが変化していく表現は見事だったし、時間的/言語的/本来的な言葉の届かなさの描写は甘美でせつなかった。「写真」のひとであると錯覚させながら、実は深く「言葉」のひと(夏目漱石並み)であったソレがうっかりつぶやいた母国語の暴言は本音だったと思うし、そこに字幕がつかないことがロマンティックだと感じた。

ananweb.jp

パク・チャヌク監督が『ぼのぼの』愛読してるの、個人的にはすごくしっくりくるんだよなー。


ラスト、愛の最果て的なロマンティックな解釈ももちろんできるだろうけど*1、わたしは最後までソレはそこに納まらない、油断ならないひとと思って観ました。「仁者」の山を「知者」の水がさらっていく。


www.huffingtonpost.jp


RMさんのおかげで事前に「KAVALAN(台湾ウイスキー)」も知って観られました。
最後に推し同士のコラボを添えて。

  • RM 'Closer (with Paul Blanco, Mahalia)' X 헤어질 결심(Decision to Leave) Collabo MV


www.youtube.com


★★★★★

*1:共同脚本家のチョン・ソギョン氏とも解釈違いなのだが、氏も「まるで私がこの映画について何も知らないような感覚」「最もシナリオと映像化されたときの距離がある作品」と言っているので……。