
演目自体はじめて観る『不思議の国のアリス』!『昴』の最終巻で「へ~、バレエってこんな演目もあるのか…」と思っていたのですが、ついに鑑賞が叶いました。英国ロイヤルバレエのために創作された本作は、なんとアジアでは唯一新国立劇場バレエ団だけが上演を許可されているとのこと。
今回、教室仲間に「アリス観に行くんですよ。はじめてだから楽しみで」と言って回ったところ、「わたしも行くよ!」「すっごく楽しいよ!」という声がとても多くて。とりわけ大人リーナのファンが多い印象の新国の中でも、とくに愛されている演目なのかな?と期待が高まります。

主演:米沢唯さん(アリス)&渡邊峻郁さん(ジャック)の回を。日程的には都合が悪かったのですが、「推しと推しがペアーーー!」という喜びで強行突破してしまいました。あまり意識していなかったのですが、これがファーストキャスト。アリス&ジャック以外もメインどころは奥村康祐さん(白ウサギ)、木村優里さん(ハートの女王)とプリンシパルがそろい踏み。おまけに本家ロイヤルでマッドハッターを当て書きされたスティーヴン・マックレーその人が演じてくれる、という超豪華な顔ぶれ。

まずは全体を通して、すごーーーく楽しかったです。わたしが今まで観た中で一番「バレエファンでない人」にもおすすめできる作品でした。絶え間ない場面転換、おびただしい数の凝った小道具、「落下やサイズ感をこういう風に表現するのかー!」という演出。カラフルな衣装、豊かな表情、多彩なマイム。踊り以外にも楽しめるポイントがたくさんあって、見飽きることがないと思います。日本で唯一の国立劇場付きのバレエ団ならではの稼働力を感じました。

トランプのチュチュがスートになっていたりして、すごくかわいい。

個々のダンサーで言うと、やはり米沢唯さんがすばらしすぎる。あいかわらず「バレエでは音楽が王様」を体現する音楽的な踊り。ときに韻を踏むようなアクセントのつけ方や、「この楽器のこの音まで!?」と鳥肌が立つような音の拾い方。どんなにバレエが上手くても、素や力みが見えてしまう瞬間は避けられないと思うのに、唯さんの踊りは踊っていることを忘れるほど、全幕通してとても自然でなめらか。お顔立ちの雰囲気もあいまって、本当にアリスがそこにいるようにしか見えない。
本作では要所要所に扉を開くような振り付けが現れるのだけれど、その時々によって、好奇心/恐怖/希望/決意/覚悟と全くちがったアリスの心情が顔を見せる。
最近、演出家竹内敏晴の娘さんだというバックボーンを知って、腑に落ちすぎました。還暦を過ぎてからのお子さんとのことで、「ずっと(父の)死を身近に感じながら生きていく人間は、アーティストとして生きるしかない」と竹内さんは感じられていたそうで、なるほど唯さんの踊りからは切実なほど「生きる」「踊る」喜びを感じられる。新国にはすばらしいダンサーがたくさんいるのに、今後もわたしはどうしても米沢唯さんのチケットを取ってしまうだろうな、と思いました。

ペアを組んだ渡邊峻郁さんは、端正で優雅な踊りがやっぱりとても好き。今回わりとマイムや演技が前に出てくる演目で、渡邊さんはあまりそこを得意とするダンサーではないな、と感じたのだけれど、その実直で清潔な感じが今回のジャック役にはとてもよく合っていた。
とくにアリスとのパ・ド・ドゥは全体的に「こんな風に踊っていたらお互い好きになっちゃうだろ!?」と心配になるほど、愛と喜びに満ちあふれていて、多幸感で泣きそうになりました。このペアでロミジュリとか観てみたいな。

逆に白ウサギを演じた奥村康祐さんはさすがの演技派。踊りの技術はもちろん、それ以外の部分でも完璧に白ウサギを体現されていて、ルイス・キャロルとの一人二役も楽しく、ニコニコしながら観てしまいました。ただ、飛んだり跳ねたりが続くこの役は、本来、団のブライテストホープが演じるものなのかな、とも思ったり。そう思うと李 明賢さんや中島瑞生さんの白ウサギも観てみたかったな。

そういう意味で言うと、ラジャ(イモ虫)を演じた水井駿介さんのきらめきがまぶしかったです。カーテンコールの際の歓声もひときわ大きかった気がする。存在感や踊りの大きさが日本人離れしていて、将来が楽しみなダンサーさんだな、と観ていてわくわくしました。

先日の『バレエ・コフレ』では圧倒的正統派の踊りを魅せてくれた木村優里さんが今回演じるのは、なんとハートの女王!序盤はほぼセットと化した衣装↑での登場なので、デコルテと背筋の美しさをこれでもかと堪能することができました。ローズ・アダージオのパロディであるタルト・アダージオや全編通してのオーバーアクトなど、コメディリリーフ的な役回りのハートの女王は、本来もっと向く資質のダンサーさんがいらっしゃると思うのですが、ここに木村優里さんを配せる新国の層の厚さよ!おそろしい……!

レジェンド、スティーヴン・マックレーはやはりカリスマとオーラが別格でした。出てきた瞬間から観客を世界に引き込む引力。ときに場を引っ張り、ときに全体を支え、と舞台の空気とバランスを整える視野の広さはさすが。ただ、この役は鬼才・福田圭吾さんがゲスト出演している回もあって、福田さんの冴え渡る踊りも観てみたかったな。
あとは、わたしは音楽のことはよくわからないけれど、オーケストラがとても良かったように感じました。比べて申し訳ないのだけれど、先日のKの『白鳥の湖』鑑賞時に違和感を感じたのでとくに。それもそのはず、指揮のデヴィッド・ブリスキンさん(カナダナショナルバレエ音楽監督)は、アリスを最も多く指揮された方とのことで、バレエと音楽の関係の重要性を改めて実感しました。この方の指揮で、米沢唯さんの踊りを観ることができて、本当に至福の体験でした。
