オールド・ジョイ


原題:OLD JOY
監督・脚本・編集:ケリー・ライカート
脚本:ジョナサン・レイモンド
撮影:ピーター・シレン
音楽:ヨ・ラ・テンゴ 、グレゴリー・“スモーキー”・ホーメル


”Sorrow is nothing but a worn out joy.” 悲しみは使い古された喜び。属性が変わってしまった女性同士の関係性の変化を繊細に描いた作品はたくさんあるけれど、男性同士となるとあまり思いつかない。

この二人はお互いをどう思っていたのか、そして今はどう思っているのか、その変化についてどう感じているのかー。当人ですらきっと言葉では説明できない、もはや皮膚感覚にも近い感情のゆらぎをすくい取るような映画。

「君と友だちでいたいのに壁を感じるんだ」はこの映画の中ではかなりストレートなせりふだけれど、このせつなさ、さみしさが最後まで淡く心に残った。

わたしは新婚旅行でポートランドへ行ったのですが、こんな秘湯みたいなところあったんだなぁ。(Bagby Hot Springs

本来なら旧友&愛犬と温泉キャンプなんて楽しいしかないのに、全体的にずっと気まずくてつまらなくて居心地が悪い。それでもカートのマッサージは、束の間動いた「なにか」を感じさせる忘れがたいシーンだった。

あとは、ケリー・ライカート監督の愛犬、ルーシーが!

顔が良すぎる!


★★★★

関心領域


アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた
第96回アカデミー国際長編映画賞/音響賞

原題:THE ZONE OF INTEREST
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
撮影監督:ウカシュ・ジャル
編集:ポール・ワッツ
プロダクションデザイン:クリス・オッディ
衣装デザイン:マウゴザータ・カルピウク
音楽:ミカ・レヴィ
原作:マーティン・エイミス


設定、バチバチの画と音響だけでも充分すさまじいけれど、それを超える切実さがあった。目をつぶること でも聞こえてくる音。

全体的に『悪は存在しない』と少し通じるところがあると感じたのだが、冒頭の聴覚を叩き起こされ、思考を促され、 映画に引きずり込まれる感じも似ていた。

まず、ヘス家のホームドラマだけを取り出してもおもしろいのである。家族の力関係や一家にとっての「善き家族」の理想像、ヘスの家庭と職場での顔、祖母の訪問、家長の転属にまつわる諍い。ヘスの肩書を知っている限り、その日常が我々に近ければ近いほど戦慄する。そこに絶え間なく聞こえつづける悲鳴、怒号、銃声、機動音。そしてあがる煙。

わたしはやはり妻に思い入れてしまった。俯瞰で見たときの暮らしのグロテスクさはもちろんのこと、そもそも彼女は家庭内でも目をつぶっている。夫の不貞、環境がもたらす子どもたちへの歪み、母の出奔、自身のメンタルヘルス。そこから目をそらすように、彼女は過剰なまでに豊かで清潔で快適な城を作り上げ固執する。それはこっけいで物質主義的で自己中心的な悪事だが、わたしは彼女を笑えないと思ったら、なぜだか泣けてきてしまった。一度搾取する側に回ってしまったら、そこから降りるのはとてつもなく難しい。

ラストの構造を取っても、監督は「今」に向けて鋭い視線を向けている。一番強く想起されるのはガザ虐殺のことだが、もっと広くもっと小さなことにもその射程は及んでいると感じた。現代においてなんの問題もなく快適に暮らせているとしたら、それはまちがいなく隣の誰かの犠牲に目をつぶって成り立っている。世界に対してどのような態度を取り、個人としてどのように生活していくのかを重く問われる 映画だった。個人的には、関心領域の広げ方、りんごの置き方、加担(もしくは傍観)の減らし方について考えながらも、平穏な「今」を生きられているならその時にしかできないことを後悔しないようにやっておくしかない、と自己中心的な思考に回帰してしまう。でも、これをくり返しやっていくしかないかもしれない。

りんごのエピソードのインサートやラストの構造を、狙いすぎ、蛇足だ、とする感想も見かけたのだが、それ以上に単にナチスとヘス一家の話(他人事)としてしか捉えていない感想も多く見かけて、つらかった。こんなにはっきりと表現しているのに。『最後の決闘裁判』と同じく、監督の絶望は深いだろうな、と胸が痛くなった。


★★★★★

リバー・オブ・グラス


原題:RIVER OF GRASS
監督・脚本:ケリー・ライカート
撮影:ジム・デノールト
編集:ラリー・フェセンデン
美術:デイブ・ドーンバーグ
衣装:サラ・ジェーン・スロトニック
音楽:ジョン・ヒル


ずっと気になっていたけど観る機会を逃しつづけていたケリー・ライカート監督作。アマプラにどさっと来ていたので、まずはデビュー作を観てみました。

うーん、好き!そもそもの音楽が良いのもあるけれど、画のつなぎ方と間に独特のリズムとグルーヴがあって、とても音楽的な作家性をもつ監督だな、と感じた。ふしぎな余白と浮遊感がある。あとは、オフビートな笑いのセンスが最高だった。何回も声を出して笑ってしまった。起こしにきたママに銃むけないでw 銃でゴキブリ撃ち殺さないでww ポンコツすぎる登場人物たち、シュールコントのような展開。個人的にはジャームッシュの映画を観ているときの感覚に近いと思った。

基本的にはどこへも行けない倦んだ逃避行がつづくのだが、なぜか時おりヒヤリとするようなこわさや不穏さがほんのかすかににじむので油断ならない。気のせいかな?と思うくらいすこしだけ。実際にはたいしたことはなにも起こっていないのに、コージーのモノローグにどこか心がざわつく。そうしてたどり着く彼女の飛躍には、逆にたいしたことは起こっていないような、そして妙な解放感があってなんともふしぎな味わいが残る。監督が称する「ロードの無いロード・ムービー、愛の無いラブ・ストーリー、犯罪の無い犯罪映画」はまさに言い得て妙。


前日に、夫に借りて『モデラート・カンタービレ』を読んだところだったのだが、この話も何も起こっていないようで、女性の得体の知れなさが本当にかすかに香る形で描かれ、最後に抑圧がふっと爆発する。それがちょっと通じるところがあるな、と思って、偶然のシンクロにうれしくなりました。


★★★★

ニモーナ


原題:NIMONA
監督:ニック・ブルーノ、トロイ・クエイン
脚本:ロバート・L・ベアード、ロイド・テイラー
編集:ランディ・トレーガー、エリン・クラックル
音楽:クリストフ・ベック
原作:N・D・スティーブンソン

娘(7才)&息子(3才)といっしょに吹替版を鑑賞。現代の教科書のような映画でとても良かった!子どもに見せやすいし、観た後いろんな話がしやすい!


まず、ニモーナがキュート。パンクなキャラと変身シーンが超絶楽しくて、子ら大喜び!体型も足がちゃんと太かったりと、リアルな子ども感が最高。「ふつう」とは?「生きやすい」とは?に疑義を呈しながら"I'm Nimona!"と言い切る姿がまぶしくて、子どもの万能感や無限の可能性がいきいきと表現されていた。

観客を完全に味方につけた後、今度はニモーナのモンスターとしての孤独や苦悩をていねいに描いていくので、観客はどうしてもニモーナに寄り添うことになる。居場所の無さ、初めてできた友だちとの決裂、自死の可能性と、かなり踏み込んだところまで描いているが、現在進行形で苦しんでいるティーンへの強いメッセージと覚悟を感じた。


バディのバリスターもかわいい。孤児で有色人種でゲイ、と言うと、おとなは物語の装置的な印象を持ってしまうかもしれないが、なにしろ子どもは「なんで親が騎士じゃないと子どもは騎士になれないのー??」などと初歩のド正論をぶってくるので、これくらいわかりやすい構図でないと解説が追いつかなかった。この設定だと『レオン』的な関係性をさっくり回避できるのも良い。あとはクライマックスで「ごめん」と謝るのがすばらしかった。このムーブは「いいよー!えらいよー!」と子らにも大好評だった。娘はめずらしく「ぼく*1やさしいから*2感動しちゃったよ…」と涙目になっていました。


バリスターのパートナー、アンブローシャスの造形はきれいに対称すぎてこちらもややあざとい感じは否めないけれど、ラスト2人がいちゃいちゃしているさまを観て、子らが「おじさんたち仲良しに戻れてよかったねー!」とうれしそうにしていたのがシンプルに良かった。映画でこういうシーンを積み重ねていくことがより良い世の中につながっていくかもしれないし、作り手たちもそういう意図をもって制作していると感じた。ありがたい。


あとは、校長先生が黒幕というところも子らには楽しかったみたい。「校長先生が一番悪いよね~!」と怒っていたので、一応おとな的には校長先生の行動原理を説明しようと試みたりもして、あーでもないこーでもないとわいわい盛り上がった。娘的にはグロレスの行動が一番ショックだったようで傷ついていた。
親目線で言うと、「もしきみが黒ニモーナになってしまっても、我々がバリスターになるからね!」ということを子どもに一発で理解してもらえる、とても助かる映画でした。


★★★★

*1:娘は堂々たるぼくっ子

*2:なぜか自己アピールが入る…

悪は存在しない


これは、君の話になるー
観る者誰もが無関係でいられない、心を揺さぶる物語

監督・脚本・編集:濱口竜介
撮影:北川喜雄
編集:山崎梓
美術:布部雅人
助監督:遠藤薫
音楽:石橋英子


劇場を出ると世界が違って見えた。鑑賞後の観客みんなすごい顔してたなぁ。事故に遭ったか、もしくはお通夜のような。

オープニング、石橋英子の音楽とともに仰望で森を進んでいく。だんだん天地がわからなくなっていき、数多の枝がまるで樹形図のように見えてくる。この映画はいったいどこへ行き着くのか。のちに都会のカットが挟まれたときに反射的に「うつくしくない」と感じて、この序盤は観客がこわくてうつくしい自然に慣れるために必要な長さだったんだな、と思い至った。

全体的には濱口監督版『もののけ姫』といった気配。そこに「悪は存在しない」「水は低い方へ流れる」「すべてはバランス」というフレーズがこだまする。

人間に限っていえば、どの登場人物にもおもしろがる目線と少し意地悪な目線が向けられているように感じた。人物が対峙する局面はいつも微細な均衡がはかられている。一見正論を言っているように見える地元民も、ノリで移住を決めようとする開発側の人間も、安易にその人間を判断できないよう自分の中のシーソーを揺らされ続ける。このへんは『ハッピーアワー』に通じるような見事なバランスの人物描写だった。

ラストは花や高橋に「上流でやったこと」が回ってきたようにも見えるし、巧の行動が半矢の鹿や天災と同じであるかのようにも見えるし、巧が自然の摂理と人間の感情との間で葛藤しているようにも見えるし、はたまた巧親子が鹿の化身や境界を超越する者であるようにも見える。都会の人間の倫理で見れば、子どもを監督していない父。自然の摂理に従えば、打ち捨てられたままの鹿の死骸。それらしい解釈を考えてみても、どこにも分類できないし、どんな説明もしっくりこない。


わたしには少しでもわかった気になっている人間や「対岸の火事」的な態度を打ちのめすような、自然への畏怖のようなものがつよく残った。「どこか他の場所へ」追いやられるのは誰なのかー深く考えさせられる映画だった。


★★★★

マルセル 靴をはいた小さな貝


貝だって人生は、ままならない
体長2.5cmのおしゃべりな"貝"
SNSでバズってしまい、一躍全米の人気者になるのだがー
実写×ストップモーション、奇跡の融合

原題:MARCEL THE SHELL WITH SHOES ON
監督・脚本・編集・キャラクター創造・原案:ディーン・フライシャー・キャンプ
脚本・キャラクター創造・原案: ジェニー・スレイト
脚本・編集・原案:ニック・ペイリー
原案:エリザベス・ホルム
撮影:ビアンカ・クライン
美術:リズ・トゥーンケル
音楽:ディザスターピース


娘(7才)&息子(3才)といっしょに吹替版を鑑賞。2回に分けて観ようかな~と思っていたのだけれど、飽きずに完走してくれました。

まずは、マルセルがとってもかわいい!かしこい!よい子!そして『借りぐらしのアリエッティ』的な創意工夫に満ちあふれた豊かなくらし!子どもたちがとくに喜んでいたのは、レコードの上で踊るところと、クランベリーのゲロをはくところ(笑)ポップコーンを食べながら観ていたので、虫眼鏡で日光を集めて種をはじけさせていたのにも盛り上がっていました。もちろん再会のシーンでは大歓声。

おとな的には移民/難民やヤングケアラーといった現代的な問題意識が感じられるメタファーや、メディア論にもなっている映画全体のつくりなどにもハッとさせられました。

やはり心に残ったのはおばあちゃんのふるまい。ピンクのクレヨンで顔色良く見せながら、孫の背中を押そうとするなんてさ…(娘に説明しながら泣いてしまった)。鑑賞した次の日の朝も、子どもたちが「貝のおばあちゃん……」と思い出していたのが印象的でした。

娘が「おばあちゃんかわいそう…」としんみりしていたので、「でもあんなにきれいなお墓をつくってもらえて、マルセルに歌ってもらって、みんな集まってくれたからしあわせだったんじゃない?」とつい教科書的な返しをしたら、「でも生きてるうちじゃないと」と言われてしまった。娘はひたすらに「今」を生きる気質なので、彼女らしい回答だなぁと思いました。


★★★★

パスト ライブス/再会


君にずっと会いたかったー
24年間すれ違った運命の相手とNYで再会の7日間、ふたりの恋のゆくえはー。
世界中が共感し絶賛!せつなさが溢れる大人のラブストーリーの最高傑作!

原題:PAST LIVES
監督・脚本:セリーヌ・ソン
撮影監督:シャビアー・カークナー
編集:キース・フラース
プロダクションデザイン:グレイス・ユン
衣装デザイン:カティナ・ダナバシス
音楽:クリストファー・ベア、ダニエル・ロッセン


「甘酢if系なのかな?絶対好きだろうなー」と思ってはいましたが、大好きでした!恋愛映画というよりは人生の映画だったし、監督の感覚がとても好き。人種で括るつもりはないけれど、やはり『ハーフ・オブ・イット』のアリス・ウー監督、『フェアウェル』のルル・ワン監督と通じるような、アジア系異邦人的な繊細さや切なさや軽やかさを感じました。

まず、冒頭から「あー!この監督好き!」となってしまった。同じ場所に居合わせた見知らぬ人たちの関係性当てゲーム!"and you? and you?"をくり返して笑う英会話。こういう細部の描写が光る映画、好き……。

映画全体に仏教的な思想観念が漂う。「何かを手に入れるために何かを失う」「袖振り合うも多生の縁」。タイトルの『PAST LIVES』は前世を表すと同時に、2人の男性を象徴してもいておもしろい。

まずは、主人公のノラ(ナヨン)が魅力的。演じるグレタ・リー曰く「三角関係の真ん中にいても大丈夫な人」。恋愛至上主義ではなく、きちんと野心や仕事や現実に折り合いをつけて、今の自分に納得しているように見えるけれど、夢は母国語で見たりするアイデンティティの複雑さもあって、新時代のヒロイン像だなぁと感じ入りました。

「PAST」担当ヘソン。「今は何の賞を目指してるの?」と言ってしまえるような、圧倒的な過去と若さと純粋さの象徴。それがとてつもなくまぶしいしなつかしいし郷愁を誘うけれど、今は取るべきものじゃない、という筋道が本当に納得できる。本人も鼻息荒く略奪しにくるわけでもなく、ただ「確かめたい」という思いが強いように見えて良かった。電車でいちゃつくカップルを横目にナヨンをググってみたり、強メンタルを自認したりしているのもかわいい。ワイングラスが置いてあるノラの部屋とソジュを飲みまくる居酒屋でのヘソンとの対比も良かったな。

ヘソンとの最大のif分岐は24才の時のNYに来る/来ないだと思うけど、もしヘソンが来ていたら、ノラの今の仕事はなかったんだろうな。ノラならそれでも退路を断って夢を追ったかもしれないけど。

そして、「LIVES」担当アーサー。いいやつすぎて気が遠くなりました。

この席の並び……!コラーッ!(しかもバーのくだりは監督の実体験)
わたしだったら絶対に無理です…。Uber待ってる間、他人事(しかもフィクション)なのに発狂しそうになったよ……。でも、アーサーがこういう人だからこそ、ヘソンが「僕と君も前世では縁があったんだろう」「来世では 今とは別の縁があるのなら…、その時会おう」に行き着くんだよね……。3人とも地に足ついていて自律できてえらい。おとな。
監督が(おそらくご自身のパートナーと重ね合わせて)「アーサーがあの場所に座っているのは強さの表れ。私にとって、これほどセクシーなことはありません。」と語っているけれど、「追う」「奪う」ではなく「待つ」「理解する」男性像もまた現代的だなぁと感じました。

www.nippon.com

監督があの地獄のUberタイムを「長すぎるようにも、また短すぎるようにも感じてほしかった」と語っているように、映画全体に矛盾するものをまるっと抱え込んでくれるような度量を感じた。子ども時代への一瞬のカットバックがもたらす、言葉では言い表せない気持ち。

あの時のあの子を愛した過去の自分も、振り返らずに今を生きていく自分も、来世に縁を託す自分も、それでも気持ちがあふれてしまう自分も、全部抱えていてもいいし抱えきれなくてもいい。ただ生きていけばいい、という空気感があった。監督曰く、「12才の時きちんとできなかった『さよなら』を24年後にする映画」「大人になるために最善を尽くす3人の物語」。その言葉だけで泣きそうになる。


また、グリズリー・ベアの2人による音楽がすごく良くて。鑑賞後余韻に浸りすぎて、サントラ聴きながらしばらく散歩してしまいました。


www.gqjapan.jp


★★★★★