「あぁ…やりそうですね……」
息子が通う保育園の担任T先生から、息子がクラスメイトの子の家にピンポンダッシュをしているかもしれない、と聞かされたときのわたしの反応だ。その日わたしはめずらしくママ友たちとの飲み会の約束があったのだが、どうやら遅れそうだ。あやまってあやまってあやまりたおさなければ。ちょうど家においしい梨があるからおわびに持っていこう。
犯行は複数回にわたり、走り去る姿はインターホンのカメラでばっちり確認されていたようだ。
息子が生まれて以来、「なんでそんなことするの?」と一万回くらい言ってきた。最初に最も脱力したのは、浴槽に米をまかれたときだ。お風呂をためようとしたときに気づいた、本来ここにあるはずのないものー。もはや怒りはなく、純然たる疑問だけがある。「なぜ?」(そして、これは「掃除機で吸う」でOK?)
友だちにこの話をしたら「ごはんが炊けると思ったんじゃない?」と言われた。たしかに。今はそれで納得している。
2才になる前。突然目の前で床に向かってダイブされた。息子の頭はパックリと割れ、血が止まらなくなった。さいわいかかりつけの病院にその日たまたま小児外科の先生が来ていて、すぐに処置をしてもらえた。本当はホチキスで縫合するんですが、針の在庫がないので糸で縫っちゃいますね。自身が大きな怪我をしたことのないわたしはうろたえを通り越してボンヤリとしていた。へえ、ひとの頭ってホチキスで留められるんだ。縫うって今ここで?呆然とするわたしを尻目に息子の頭はさくさくと縫われ、まっしろなネットをかけられた。はい、これで大丈夫。今から保育園にも登園できますよ。息子はアンパンマンのジュースをもらってうれしそうにしていた。
脱走と徘徊もすさまじかった。二重鍵もチャイルドロックもすぐに攻略されてしまった。下町住まいなので、何度も近所のお年寄りに確保してもらった。娘の小学校の面談のため、小一時間ほど子ども2人で留守番をしてもらっていた際には、帰ってくると家の前にパトカーが停まっていた。親でも気づけない彼の脱出を娘が阻止できるわけなかったのだ。息子は間近で見るあこがれのパトカーに目をきらきらさせながらも、「けいさつにたいほされる?」とびくびくしていた。
去年の大みそか。旅先の宿で息子は消火器を噴射した。消火器の粉が目の覚めるようなピンク色であることをわたしははじめて知った。息子は宿のスタッフに「しょうかしてごめんなさい」とあやまっていた。かわいいけどぜんぜん正しくない。そして「どうしてこんなことに…」というわたしのつぶやきに対し、「きいろいせんをぬいた…」と返していた。それを問うてるわけじゃない。
こんな息子だが、保育園では「ハカセ」と呼ばれている。永遠に虫や深海生物やキノコの話をするから。わたしが思い描いていた「ハカセ」呼びされるキャラクターは、やせぎすで眼鏡。ものしずかで思慮深くかしこい。息子は世界一おにぎりが似合う男。まちがって里に下りてきてしまった子熊のよう。どうしても息子と「ハカセ」はむすびつかない。
たぶんわたしが息子に対して思う「なぜ?」以上に、息子が世界に対して思う「なぜ?」はつよいのだろう。最近の彼は質問魔だ。ハッピーアワーって?ハイドロポンプってなに?ひかりのかべってどういうもの?せんきょってどうやるの?にくいってどういういみ*1 ?
わけても「ふつうってなに?」はよく聞かれる質問なのだが、いまだにうまく答えられたためしがない。うーん、へんじゃないこと、とくべつじゃないこと、と答えながら、「ふつう」なのに否定で説明するってへんだなぁと思う。そしてついついあの歌を口ずさんでしまう。ふつうってなに じょうしきってなに んなもんガソリンぶっかけ火つけちまえ
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