シラート


知る前に、進め
予測不能×衝撃の映画体験

原題:SIRAT
監督・脚本:オリベル・ラシェ
脚本:サンティアゴ・フィロル
撮影:マウロ・エルセ
編集:クリストバル・フェルナンデス
美術:ライア・アテカ
衣装:ナディア・アシミ
音楽:カンディング・レイ


去年の東京国際で観た友だちが激推ししていたので、わくわくしながら初日に行ってしまったのですが……。タイトルそのものの物語。コピーに偽りなし。圧倒的な衝撃体験としか言えない。


映画としての完成度はすごいと思う。バチバチにキマった画、ジャンルの枠におさまらない突き抜け方、メタファー汲み取り放題の洗練された余白、リアルなレイヴァー・キャスティング。暴力的な理不尽さの中にもぽっかりとした安らぎやおかしみもあるし、極限まで削ぎ落された中に表現したいことが最大限効果的に乗っている映画だとも思う。


でも、でも、好きって言いたくねーーー……。あまりにも神の視点じゃない?あと、わたしにはアラート必要な映画だったよ!


★★★

マテリアリスト 結婚の条件


この恋の"資産価値"は?
『パスト ライブス/再会』の監督が贈るー
NYを舞台に現代の婚活市場を描く、ロマンティック・ラブストーリー

原題:MATERIALISTS
監督・脚本:セリーヌ・ソン
撮影:シャビアー・カークナー
編集:キース・フラース
美術:アンソニー・ガスパーロ
衣装:カティナ・ダナバシス
音楽:ダニエル・ペンバートン


『パスト ライブス/再会』で一気に大ファンになってしまったセリーヌ・ソン監督の新作。『パスト ライブス』に引きつづき「三角関係」という設定で、さらに王道ロマコメ寄りのトーンなのだけれど、やはりセリーヌ・ソン監督ならではのどこか「達観」した哲学性が香る。


まずは、これも前作に引きつづき主人公が魅力的。ダコタ・ジョンソンの落ち着いたトーンのしゃべりとTPOに合わせたファッションが麗しい。後々、裕福な生まれではなく、クライアントやハリーに見せる理知的な姿は後天的に身につけたものであることがわかってきて、元恋人ジョンに対するぶしつけさとのギャップが複雑な人物像になっている。

職場も、クライアントが婚約するたびにひたすらブチ上げるの なんか良かったし、結婚相談所の社長も好きだった。結婚という制度や婚活市場の地獄なんてもちろん痛いほどわかっているけれど、それでもこの仕事をするし祝うんだという気概を感じた。


「条件」代表ー婚活市場における「ユニコーン」ことハリー。ルーシーはマッチメーカーという職業柄「釣り合わない」と断るのがおもしろい。人種、ルックス、収入、年齢、家庭背景、政治信条ー似ている方が結局上手くいく。ただ、ハリーのルーシーに対する「評価」に、わたしは充分「愛」を感じたし、「弱み」を開示したハリーの勇気を愛おしいと感じた。

ジェーン・スーさんと高橋芳朗さんの連載でも触れられていたけれど、わたしもハリー選ぶわ……。うまくいかないかもしれないけど。

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そして、「愛」代表ージョン。正直、わたしはそんなに惹かれないのだが、まぁ…クリエヴァだもんな……という説得力。前作になぞらえるとこちらが「PAST」ということになるのだけれど、今回はちがうエンドをむかえるのがおもしろい。二作の勝者を並べてみると、ソン監督にとって「善良さ」というのは、なにものにも勝る美徳なのかもしれない。


ただ、ラストも愛が勝ってハッピー!というテイストにならないのがセリーヌ・ソン節。これからルーシーがどのような人生を選んでいくのかは未知だし、自分で稼げるようになったからジョンを選べるようになったと言えなくもない。きわめて事務的な場所である市役所で、きわめて多様なカップルが手続をしているラストは、この作品の持つシニカルなロマンティックが炸裂していて最高だった。

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曲がJapanese Breakfastだったのも、ボーカルのミシェル・ザウナーが『Hマートで泣きながら』で描いていた パートナーであるギターのピーターの姿が思い出されて、余韻が深まった。

booklog.jp


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あとは、前作からのスタッフがとにかく良い。撮影は『スケート・キッチン』の方、美術は『ファースト・カウ』『憐れみの3章』の方、衣装は『カモン カモン』の方。このままセリーヌ・ソン組として、すてきな映画をつくりつづけてほしいです!


★★★★

Sumito Sakakibara Solo Exhibition WORKS ~2026 @ GALLERY YUKI-SIS


古川耕さんのニュースレターで知って。榊原澄人さんの個展、最終日に滑り込みました。

furukawakou.theletter.jp


会場は無料かつ出入り自由の小さなギャラリー。壁に原画が展示されており、スクリーンではアニメーションが順に上映されている。着席すると、アニメーションは5~10分程度の短編で、全て観ると1時間20分ほどになる旨、キュレーターの方が伝えてくれた。


わたしは、『浮楼 Flow』を観てみたくて行ったのだけれど、これはやはりすごかった。一枚画の中でそこここにアニメーションが展開されているのだが、よくよく見ていくと全てのアニメーションが連鎖しており、なおかつ一人の女性の生涯のループにもなっている。タイムループ/リープ好きにはたまらない!自分の中で輪がつながった瞬間にも感動があるし、その後も様々な年代のそれぞれの瞬間に見飽きることなく想いを馳せることができる。とくに老婆が川に花束を投げ入れてひとり橋を渡る。その花束を拾った恋人が彼女にプロポーズするという流れには、しずかであたたかな余韻が残った。


あとは、『É in Monition No.2』にも圧倒された。こちらの作品は絵巻物が横移動していくようなつくりのアニメーション。横移動によって因果や連鎖が明らかになっていったりもするのだが、あまりの作りこみに目が足りない。淡くやわらかい世界から極彩色のカオスへ。絶望と祝祭が交互あるいは同時に展開されるのだが、テンポが一定かつクラシック音楽にのせて展開していくので、とてもしずかな印象を受ける。やはり映画館より美術館で上映されるのがふさわしい作品だろうな、と感じた。


アニメーションのきもちよさ、という点でもすばらしかった。『飯縄縁日』の「天狗」をはじめとしたモノノケたちの躍動感、『神谷通信』や『淡い水の中』の「お茶を淹れる」といった日常生活の動作や、「醤油つぎ」や「瓦屋根」といったモノのたたずまい。ずっと見ていたくなる線だった。


会場が出入り自由になっているのもとても良かった。まるで榊原さんの作品のように、様々な登場人物の入退場が円環構造になっているように思えた。

ドマーニ! 愛のことづて


あなたの人生は明日からはじまるー
一通の謎めいた手紙がもたらす新たな決意の物語

原題:C'E ANCORA DOMANI
英題:THERE'S STILL TOMORROW
監督・脚本:パオラ・コルテッレージ
脚本:フリオ・アンドレオッティ、ジュリア・カレンダ
撮影:ダビデ・レオーネ
編集:バレンティーナ・マリアーニ
美術:パオラ・コメンチーニ
衣装:アルベルト・モレッティ
音楽:レーレ・マルキテッリ


信頼できる方々がこぞって昨年度ベストに入れていたので、ずーっと観たかったのです!みなさんネタバレを避けて「そういう話だったのか…!」と書いてくださっていたので、わたしは最初から気をつけて観ていたにもかかわらずやはり「そういう話だったのか…!」とびっくりして泣いてしまいました。


控えめに言ってクソみたいな、1946年のローマを生きるデリア。苛烈なミソジニーと貧富の差。それでもデリアは淡々飄々と自分にできることをやる。監督と主演を務めたパオラ・コルテッレージさんは国民的コメディエンヌということで、どんなにつらい状況を映しとっても、筆致はどこか軽やかでユーモアがある。

hanatsubaki-journal.shiseido.com


彼女がなにをまなざしていたのか、なにに未来を託すのかーというところに集約される物語。すばらしいのは、最初からデリアの人物像は一貫して描かれているのに、多くの要素が観客に彼女の考えを悟らせないこと。作中の人物の言葉や自身の思い込みや偏見によって視野狭窄に陥っていた観客が、さーっと視界を開かれる。


女同士の連帯もさっぱりしていてグラデーションがあるのが良かった。理解できない部分・合わない思想があっても連帯はできる、という描き方に優しさと勇気を感じた。


★★★★

サンキュー、チャック


平凡な男が辿った数奇な人生
世界の終わりに明かされる、愛すべき贈り物(サプライズ)とは?

原題:THE LIFE OF CHUCK
監督・脚本・編集:マイク・フラナガン
撮影:エベン・ボルター
美術:スティーブ・アーノルド
衣装:テリー・アンダーソン
音楽:ザ・ニュートン・ブラザーズ
振付:マンディ・ムーア
原作:スティーブン・キング


人生讃歌の方のスティーヴン・キング、という情報だけは得ていて、「好きそうだな…」という予感はあったのですが、まさに!
何を書いてもネタバレになってしまいそうなのですが、トムヒのダンスが炸裂したあとのナレーションがエモすぎてしびれました。

What he will remember, occasionally,

is how he stopped and dropped his briefcase

and began to move his hips to the beat of the drums.

And he will think

that is why God made the world.

Just that.

もうこれだけですばらしいってわかるでしょ?


以下、ネタバレ。

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あたらしい自転車

電動ママチャリのこと、あまり好きじゃなかった。みんな必要に迫られて乗っているのだと思っていた。大きくて重たくてものものしい。子どもや荷物を効率よく運ぶことに特化した乗りもの。

思い返してみると、買うときもまったくときめかなかった。わたしは「あってもなくてもどうでもいいもの」であるほど心がときめき、「実用的」「必需品」であるほどどうでもよくなるらしい。電動ママチャリはわたしの中では「家電」に近い位置づけなのかもしれない、などとぼんやり思ったりした。

上の娘が持ち前のやる気であっという間に自転車に乗れるようになったころ、夫はしれっと自分の自転車を買っていた。赤のプジョー。そのときはなんとも思っていなかったのだけれど、下の息子が上の娘と同じ年頃になっても全然自転車に対する意欲がないのを見ていたら、急にうらやましくなってきた。それに息子はかなりの重さになっているのに、乗車中にふざけたおすので、ハンドルを取られそうでこわいのだ。わたしはいつになったらひとり悠々自適に自転車に乗れるのか?

転機は急に来た。息子は突如自転車に乗る気になり、あっさりと乗れるようになった。時を同じくして、夫は腰椎を骨折した。ハードコアのライブでダイブしたものの、誰も受け止めてくれず頭から落下したのだ。腰にボルトを入れる手術をし、機械の身体を手に入れた夫は、10日間入院した。わたしは胸に爆笑と殺意をちょうど半分ずつ抱きながら、ワンオペ育児、夫の病院通い、夫不在の家族旅行などの予定をこなしていった。夫はめずらしくしょげていた。わたしは昨年末あたりから不調がつづいており、通院しながら少し負担を減らそうという方針を家族会議で決めたばかりだったからだ。

そんなわけで夫は「自転車を買ってあげる」と言い出した。罪ほろぼしというわけだ。わたしは「ボーナスまで待って買おう」と目星をつけていたかっこいい新車があったのだが、さすがにあわれに思って中古車で妥協することにした。なによりすぐに自分の自転車が欲しい。とにかくひとりで自転車に乗りたい。とくにブランドなどにこだわりはなかったのだが、キビキビ小回りの利く小径車(ミニベロ)がいいなと思って、オークションサイトで探した。色の選択肢もあまりなかったけれど、ふだん選ばないであろうピンクパープルがふしぎと今の気分に合った。

はじめて、あたらしい自転車をこいだとき、驚いた。電動ママチャリって本当にこぐ力要らなかったんだなぁ、と。自分でこいだ力がペダルに伝わりホイールを回し風を切って進んでいくのが とてもうれしいとてもきもちいい。電動ママチャリではびくともしなかった段差に、わたしはきれいに転倒ししっかり負傷した。(根岸祐衣さんのレッスンへ向かう途中のできごとだったので、推しに絆創膏を貼ってもらうというイベントが発生した。)


自分の自転車を手に入れたわたしは浮かれた。夜に乗る予定もないのに、「かわいいかわいい」とリフレクターも買った。今まで知らなかったけど、自転車ってデコる要素がたくさんあるのだ。ちなみに夫は自転車を「素に近い状態であればあるほどかっこいい」と思っているタイプらしく、嬉々として自転車のパーツやアクセサリーを検索するわたしを珍妙な動物を見るような目で見ていた。

いろいろな人にも話した。やっと電動ママチャリを卒業したんです。軽い自転車うれしいたのしい。てっきり祝福してもらえるかと思いきや、これまたみんな奇異の目でわたしの顔をまじまじと見返してくるのだ。電動ママチャリ便利ですよ?運動系の部活はないとむり。まだ使えるんですよね?解放感のあまり、電動ママチャリは近所の自転車屋さんのおじいちゃんに即引き取ってもらってしまっていた。我ながら家電枠に対する愛がないな、と笑ってしまう。4月・5月に乗る自転車は最高だった。去っていく春を惜しみながら、次の季節へと快適にこぎ進めていきたい。

ハムネット


あなたは生き続ける
不朽の名作誕生の裏には何があったのかー。
シェイクスピア夫妻の”愛”と”悲劇”を描く知られざる物語
第98回アカデミー賞主演女優賞

原題:HAMNET
監督・脚本・編集:クロエ・ジャオ
脚本・原作:マギー・オファーレル
撮影:ウカシュ・ジャル
編集:アフォンソ・ゴンサウベス
美術:フィオナ・クロンビー
衣装:マウゴシャ・トゥルジャンスカ
音楽:マックス・リヒター


クロエ・ジャオは二次創作の鬼!!!この手法でいくらでも傑作量産できるじゃん……とふるえました。個人的には実在した人物の二次創作には抵抗がある方なのですが、それでもこのテーマと描き方は見事と言うしかない。

内省的な社会派の『ノマドランド』と、監督のエモと癖があらわになった『エターナルズ』。本作はちょうどその中間の印象。


まず、アグネスの造形からして「森の魔女」で「鷹匠」な「おもしれー女」なのである。ただ、家父長制や創作と生活との両立に苦しむウィリアムをロンドンへ単身赴任させる母性も備えている。このあたりの父性/母性、男性性/女性性の描き方は古風でありながらも現代性もあって考えさせられる。ウィリアムはハムネットに"Will you be brave?"と問うけれど、ここに現れる男性性には良さも悪さもある。

そのハムネットの死はつらすぎて吐きそうになってしまった。末っ子男児のかわいさを具現化したかのようなジャコビ・ジュープ。ひとりで看取ったアグネスと死に目に会えなかったウィリアム。映画であることを忘れて、この二人の間の深くて暗い溝は修復不可能に思えた。

この映画が「なぜ物語を語るのか」というとてもクロエ・ジャオらしいテーマに着地するということはわかっていたし、ともすればやりすぎなクライマックスにも思えるのだけれど、やっぱりそれを超える品格とエモがある、と感じた。ウィリアムが書いた物語が自身もアグネスも救う、観客みんながハムネットの死を悼む、という描写は偉大だった。死んだ鷹がみんなの願い事を携えて空へ飛んでいったように、ハムネットが物語を携えて森へ帰っていったように見えるのがとてもうつくしかった。


★★★★