TAR/ター


旋律 栄光 絶望 狂気
ベルリンフィル女性マエストロ<リディア・ター>。
芸術と狂気がせめぎ合い、怪物が生まれる。その衝撃に世界平伏!

監督・脚本:トッド・フィールド
撮影:フロリアン・ホーフマイスター
編集:モニカ・ウィリ
美術:マルコ・ビットナー・ロッサー
衣装:ビナ・ダイヘレル
音楽:ヒドゥル・グドナドッティル


「ターのことをどう思うか?」ということに集約される映画だと思うのだけれど、その思考を促すピースがグレーにグレーを重ねるような複雑さをはらんでいて、頭が忙しかったし、おもしろかった。意見を決めようとすると、様々な角度から反論を思いついてしまい、自分の中で議論が終わらない感じ。ラストに至るまでそうなるように周到にピースを配置している作品だと思う。

例えば、とくに芸術において、その人の「仕事」と「人格」は結びつけて考えるべきか、その「人格」はどのラインから否定されるものなのか、という問題だけでも、わたしはまだ自分なりのはっきりした回答を持てないでいるので難しい*1。ターと学生によるバッハ談義のシーンなどは象徴的で、バッハ問題自体も難しいのに、そこにターと学生のパワーバランスやマイノリティの問題もからみ合っていて、頭を抱えてしまう。


登場人物もターを筆頭に一筋縄ではいかないキャラクターばかりで、またそれぞれに立場や思惑や打算があるのでややこしい。安易に人を断じることをさせない描写が終始徹底されている。
「ただの嫌なやつ」が権力を持っているだけなら話は簡単なのだが、ターの圧倒的な魅力やカリスマにわたしは抗えそうにない*2。ターが意外と脇が甘いのも絶妙だ。なんでそんなに狭い範囲でラブアフェア勃発させるの?あのロシア娘にも実力がなければ話は簡単なのにちゃんと実力があったりする。子どもには優しいんだけど、自分の都合の良い時だけ手を出すような関わり方でもある。
ターが女たちに実際になにをして/なにをしなかったのかははっきりとは描かれない。その代わりそれを受けた女たちのリアクションははっきりと描かれる。ターの行動の重さはそれを受けた側が決めることだ、というスタンスはとても現代的だなぁと思ったりもした。

なにより話を複雑にしているのは、ターをケイト様が演じているということで……。この一点で好きが消えないことが確定で、それがこの作品にとっての大きな錨になっていると感じた。前半かなりの尺を取って、ターの人となりや置かれている状況をじわじわあぶり出していくのだが、ケイト様を映しているだけで場がもってしまう。こんなに洋服が似合ったらな~とかこの声だけでも自分に備わっていたら……とか映画とはまるで関係のないことまで考えだす始末。

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あ~!コートThe Rowなんだ~~~!ヴィンテージのロレックスはケイト様の私物…。ケイト様の私服も採用されてるんだね……。(最高か)


モザイクのようなターのどの部分をピックするかに己が出てしまうと思うのだけれど、わたしはやはりシャロンCount Basieの”Li’L Darlin’”で落ち着かせたターをどうしても嫌いになれない。ほんとうにちょろいな自分、と思うが。


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しかし、結局のところ、最初から最後までターが真摯に向き合っていたのは音楽だけだったのだと思う。音楽もまた彼女を裏切らず新たなステージを開いたように見えるラストだった。


★★★★

*1:ターのキャラクターが『ブルージャスミン』を彷彿とさせるようなところがあり、どうしてもウディ・アレンのことを考えざるを得なかったのだけれど、これも計算のうちだとしたら、かなり底意地が悪い

*2:でも実際に自分の身の回りにいたらきっと話は別だよねーーー