PERFECT DAYS


こんなふうに生きていけたなら

監督・脚本:ヴィム・ヴェンダース
脚本:高崎卓馬
撮影:フランツ・ラスティグ
編集:トニ・フロシュハマー
インスタレーション:ドナータ・ヴェンダース
美術:桑島十和子
スタイリング:伊賀大介
ヘアメイク:勇見勝彦


とてもしずかで小津へのラブレターのようなうつくしい映画だった。事前に想像していたように『パターソン』のような、「くり返しに見えて新しくかけがえのない日々への礼賛」といった要素もあったし、青みがかったトーンの撮影やカセットテープから流れる選曲もすばらしかった。あて書きされた役所広司は完璧だったし、他の田中泯柴田元幸といったキャスティングも洗練されていた。


自分の好きな要素がたくさん詰まっていて、だからこそ観に行ったのだけれど、ただわたしにはどうしても作り手たちの意図のままにこの映画を味わうことはできなかったし、良くも悪くも作り手たちの知的/文化的/金銭的裕福さ*1を感じずにはいられなかった。

主人公・平山は「足るを知る」ひとだ。みんながこんな風に生きていけたらいいのにね、というすてきな世界の提示がされている。その生活を見ていてたしかに癒されるしあこがれるのだけれど、その完結した輪の外のことを考えるとちょっとヒヤリとする。この映画はトイレ清掃の仕事を描きながらも、現実が過度に「脱臭」され、見たくないものに「蓋がされている」。基本的には悪い人は出てこず、汚いものは写らず、危険な出来事は起こらない。そんなファンタジーの中でさえも平山のルーティンが簡単に綻んでしまいそうな不穏さがあるのだ。もちろんその綻びや他者との関わりから生まれる瞬間のかけがえなさも描いていて、個人の物語としてはすばらしかった。しかし、作り手たちの意図せぬところで、わたしには、平山のルーティンが「この世界で正気を保つ」ための祈りのようにも見え、映画以上に苛酷な現実社会で正気を保つことの難しさを逆に強く感じてしまった。

圧巻のラストシーンは、そのためにこの映画を観る価値があるほどすごかった。「平山 突然泣き出す」としか書かれておらず、役所広司は喜びの涙として笑顔を表現したそうだ。ただ、わたしはどうしても『すばらしき世界』の三上を思ってしまったし、何なら『ジョーカー』のことも思ってしまった。すごく良い映画だと思うんだけど、自分の中で折り合いをつけるのが難しい映画だった。


niewmedia.com


★★★★

*1:端的に言うと電通