ダークナイト


Why So Serious?
第81回アカデミー助演男優賞

原題:THE DARK KNIGHT
監督・原案・脚本:クリストファー・ノーラン
音楽:ジェームズ・ニュートン・ハワード / ハンス・ジマー


2時間半を超える長尺のなかで、とぎれることなき緊張感におなかが痛くなりました。リアルに腹筋痛。前作から続く執事アルフレッドの小粋なジョークも緩和剤にならず。これは子どもでもへいきなのかな?わたしが子どもだったら、親に「ジョーカーが来るよ」っておどされたら、泣いちゃうよ。

それほど故ヒース・レジャーの演技には鬼気迫るものがあり、ジョーカーが架空のキャラクターとはとても信じられないほどの狂気と存在感が、刺すように伝わってきました。最凶の名に恥じない、映画史上に残る悪役ぶり。ヒース・レジャーにはほんとうにわたしの寿命をあげたいよ・・・。

多重的に描かれる「光と影」「表と裏」というモチーフや、黒騎士バットマン・白騎士デント検事・ジョーカーの三つ巴はすごく見ごたえがありました。

ただこの映画がよかったかと言われると、主義・思想という面で納得いかない部分が多く残りました。なんてか、ぜんぜんスッキリしなかった。

ダークなテイストで、バットマンの苦悩をほりさげるほど、「正義とは?」―もっと言えば「バットマンのやり方は正しいのか?」という問題が浮かびあがってくるわけです。バットマンやデント検事のやり方はと言うと、金・暴力・権力で「今そこにある悪」を掃討するというもの。それは委員長タイプが疎ましがられるというレベルを超えていて、「一線越えたやりすぎ」感では、むしろジョーカーと通じている。ダークサイドを次々刈り取れば問題解決なのか、グレーゾーンは要らないのか、必要悪を無視してカオスを招く権利があるのか・・・。そうして実現したクリーンな世界は、実はすごく悪辣な気がしてなりません。

ジョーカーが自らの口裂けについて説明しようとするシークエンスが再三あるのですが、その悪の根源的な部分にバットマンはあまり興味を持っていないように見える。ジョーカーの実験によって、人の根本的な善性が示されるようなシークエンスもあるのに、そこにテコ入れしようという気はとうとう最後まで見えてこなかった。

そのへんつまりバットマン=THE・アメリカなかんじが、「おまえが1番正しいと思うなよ!」と。ラスト、バットマンが自己犠牲精神を開陳するシーンがあるのですが、それも「それって男の美学?自己満足?」と思ってしまう節もあり。コレがアメリカでウケるっていうのもコワイなーなんて思ったりしました。

まぁやいやい言っても、ジョーカー見たさにDVD買ってしまうんでしょうけど☆


★★★★