哀れなるものたち


2023年ヴェネチア国際映画祭金獅子賞


原題:POOR THINGS
監督:ヨルゴス・ランティモス
脚本:トニー・マクナマラ
撮影:ロビー・ライアン
編集:ヨルゴス・モブロプサリディス
美術:ジェームズ・プライス ショーナ・ヒース
衣装:ホリー・ワディントン
音楽:イェルスキン・フェンドリックス
原作:アラスター・グレイ


以下、ネタバレ






本っっっ当に楽しみにしてたんですが、全っっっ然乗れなくて泣きそうになりました。ぶんぶん回る長縄にいつまでも入れずに終わってしまった感じ。(「これは寓話これは寓話これは寓話」と自分に言い聞かせながら。)わたしの体調不良と先入観が完全に失敗だったと思うのですが、正直ベラ像もベラの自立や解放のあり方も、スノッブな文化人男性が描いた夢としか思えなかった。おれたちがギリエレクトできるフェミニズム(?)って感じ。*1というかむしろ「解放」とは真逆の、いつものヨルゴス・ランティモス印の「檻」と「人間のさが」からの逃れられなさをより残酷に描いていると思った。
同じエマ・ストーン×トニー・マクナマラなら『クルエラ』の方が産みの母からも育ての母からも「解放」されていて良かったと思うし、ヨルゴス・ランティモス監督作なら過去作の方が何が起きるかわからない不穏さに満ちていておもしろがれた。

まず、完全に美しく無垢なファム・ファタル(!)が性に、食に、知に、目覚めていく過程。百人斬り男*2によるグルーミングな処女喪失(概念)や娼館における経験人数や様々なプレイ、男から差し出される牡蠣とシャンペンは、本当に彼女が選択し悦びを感じたことで、本当に彼女の地平を切り拓いたのだろうか?*3

ベラはAロマンティックでパンセクシャルであるように見えるが、全然自ら冒険しないし、奇想天外なこともたいして起こらない。(ダンスは超良かった!)外の世界に出てからもベラはずっと「檻」の中にいるように見えたし、結局すべてがゴッドの掌の上からは逸脱しなかったと感じた。
ハンナ・シグラから本を授かるエピソードは白眉だった。けれど、わたしがベラだったら絶対にハンナ・シグラはじめ老若男女とセックスしてみたいって思うけどな……(外科医的見地からも)。そもそもエログロ嘔吐胃液泡は描かれるのに、子宮も生理も性病も避妊も堕胎も性交痛も描かれなくて、娼館で「稼いでる」と高らかに宣言されても押忍、、、という感じでした…。(前戯なしのセックスから「学び」とかもう地獄でしかない)

結局わたしを「おいでよ!」と長縄に誘ってくれるのはクズ男マーク・ラファロで…。*4
すぐ泣いちゃうのめちゃくちゃ笑ったし、あの襟が垢じみていくさまが最低最低最高!

ウィレム・デフォーもとても味わい深い演技で愛と説得力があったので、ベラにはそれでもそこを跳躍する新たな価値観や成熟した知性(もしくは感情)を見せてほしいと思ってしまった。創造主を継承し医者を志すという展開は肝のはずなのに、なんだか薄ぼんやりしていて致命的だと思った。(結婚という選択や伴侶選びも。)*5

もちろん、エマ・ストーンはすばらしかったし、ヴィクトリア朝な衣装×スチームパンクな美術も絵画のようできらびやかだったのですが……。

価値観をアップデートするために映画館に通いつづけてるふしもなくはないのに、『Barbie』もこれも合わなかったの絶望が深い。現代生き抜いていけん。

追記:ベラが旅に出た時の脳年齢をたぶん映画の意図より幼く捉えてしまったのも、気持ち悪くなってしまった一因かなと。

note.com

この方と同じような感覚でした。


★★★

*1:まじ口が悪すぎる!本当にごめんなさい!

*2:経験人数や体位のバリエーションでセックスの巧拙が決まるわけじゃないし、個人的にはああいう自惚れが強いプレイボーイは下手なんじゃないかって思います…

*3:なんかわたしが恩師から贈られていつも頭の片隅に置いている「一を聞いて十を知る。しかし人生において大切なことは二~九に詰まっている」という言葉がずっと頭の中をぐるぐる回っていました

*4:てか女ばっかり賢くて学ばせるのうんざりだし、マーク・ラファロや将軍みたいな女を魅力的に描いてみてほしいです…

*5:ラミー・ユセフは魅力的だったんだけど