バービー


”完璧”より大切なもの
完璧なバービーランドから人間の世界(リアルワールド)へ
2人が知った驚きの秘密とは?

原題:BARBIE
監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
脚本:ノア・バームバック
撮影:ロドリゴ・プリエト
編集:ニック・ヒューイ
美術:サラ・グリーンウッド
衣装:ジャクリーン・デュラン
音楽:アレクサンドル・デスプラ


大大大好きな監督に主演コンビ、サントラ、と期待しかない作品だったけれど、わたしにはちょっと難しかったです。「たぶんこういうメッセージ送ってくれているんだよね……?」とは感じるものの、それがうまく受け取れなかった。本筋とちがう部分でどうしてもひっかかってしまうやつ。風刺としては優れていると思うし、Fleabagのように洒脱なウイットや芯を食ったパンチラインを楽しむ映画だとは思うのですが…。端的に言うと、バービーたちのことあんまり好きになれなかったんだ……。

まず、バービーランドのバービーたちは「現実」のミラーリング既得権益者側だったわけで。今までケンたちの人権を認めてなかったわけで。最初から持たざる者である「現実」を生きてきたグロリアに呼応するのも、身の処し方もちがうよね、と。政権奪取の仕方もだまし討ちだし、ロビー活動で胸を強調した服でケンを誘惑したりするのもイヤ…となってしまいました。(ストリートの知恵としてはアリなのかもしれないが。)ギャグも笑ってはしまうものの、なんか「スイーツ(笑)」みたいな落とし方だな…という気がしなくもなく。*1わたしは『ゴッドファーザー』を熱く語る男と結婚してしまったし、わたしの周りで熱く語る男は別にマンスプじゃなくて布教だし、そもそもわたしは男女問わず熱のある語りをする人が好きだし、あの場面どちらかと言えばわたしもケン側だよ!

こんなこと期待するのはお門違いなんだが、わたしはバービーたちに現実のミラーリングで終わってほしくなかったんだと思う。「ノブレス・オブリージュ」的な態度や知性あふれるガッツ、ケンたちとの対話を期待してしまったんだと思う。「賢い系」バービー(本当に能力があるのかは不明)に政権が戻ることも、変てこは大臣に任命されるのに、判事になりたいケンはあしらわれてしまうことも、なんだか現実すぎて悲しくなってしまった。

“Either you're brainwashed, or you're ugly and weird. There is no in between.”


あと、男女観や職業観が二元化されすぎてた気がして…。洗脳されたバービーたちが「何も考えないのってサイコー」と言いながら、ウェイトレスやマッサージの仕事をしていたけれど、その仕事に誇りを持っている人も何も考えずに仕事したい時もあるじゃん。わたしたちの中には「バービー」も「ケン」もいるじゃん。*2それが「ありのまま」の人間じゃないのか?結局わたしはトランス的な変てこやアランにしか心を寄せられなかったし、ゴズリンとシムリウがイキイキしすぎててケン側に肩入れしてしまった。


そもそも個人的には人形に求められるのは、非日常や想像、変身願望の側面が強くて、自己受容とは別の話なんじゃないかな、と。自分だったら「ふつう」のバービーは要らない。「こうなりたい」とはまた別の話で、ビヨンセみたいなバービー買っちゃうな…。


自分に似てるバービーより、このゴズリン発売されたら買うでしょ!(元玩具会社勤務より)


★★★

*1:一方を価値下げする笑いの取り方あまり好みじゃないんだ……

*2:グレタ・ガーウィグもそういうことを語っているとは思うのだが。