関心領域


アウシュビッツ収容所の隣で幸せに暮らす家族がいた
第96回アカデミー国際長編映画賞/音響賞

原題:THE ZONE OF INTEREST
監督・脚本:ジョナサン・グレイザー
撮影監督:ウカシュ・ジャル
編集:ポール・ワッツ
プロダクションデザイン:クリス・オッディ
衣装デザイン:マウゴザータ・カルピウク
音楽:ミカ・レヴィ
原作:マーティン・エイミス


設定、バチバチの画と音響だけでも充分すさまじいけれど、それを超える切実さがあった。目をつぶること でも聞こえてくる音。

全体的に『悪は存在しない』と少し通じるところがあると感じたのだが、冒頭の聴覚を叩き起こされ、思考を促され、 映画に引きずり込まれる感じも似ていた。

まず、ヘス家のホームドラマだけを取り出してもおもしろいのである。家族の力関係や一家にとっての「善き家族」の理想像、ヘスの家庭と職場での顔、祖母の訪問、家長の転属にまつわる諍い。ヘスの肩書を知っている限り、その日常が我々に近ければ近いほど戦慄する。そこに絶え間なく聞こえつづける悲鳴、怒号、銃声、機動音。そしてあがる煙。

わたしはやはり妻に思い入れてしまった。俯瞰で見たときの暮らしのグロテスクさはもちろんのこと、そもそも彼女は家庭内でも目をつぶっている。夫の不貞、環境がもたらす子どもたちへの歪み、母の出奔、自身のメンタルヘルス。そこから目をそらすように、彼女は過剰なまでに豊かで清潔で快適な城を作り上げ固執する。それはこっけいで物質主義的で自己中心的な悪事だが、わたしは彼女を笑えないと思ったら、なぜだか泣けてきてしまった。一度搾取する側に回ってしまったら、そこから降りるのはとてつもなく難しい。

ラストの構造を取っても、監督は「今」に向けて鋭い視線を向けている。一番強く想起されるのはガザ虐殺のことだが、もっと広くもっと身近でもっと小さなことにもその射程は及んでいると感じた。現代においてなんの問題もなく快適に暮らせているとしたら、それはまちがいなく隣の誰かの犠牲に目をつぶって成り立っている。世界に対してどのような態度を取り、個人としてどのように生活していくのかを重く問われる 映画だった。個人的には、関心領域の広げ方、りんごの置き方、加担(もしくは傍観)の減らし方について考えながらも、平穏な「今」を生きられているならその時にしかできないことを後悔しないようにやっておくしかない、と自己中心的な思考に回帰してしまう。でも、これをくり返しやっていくしかないかもしれない。

りんごのエピソードのインサートやラストの構造を、狙いすぎ、蛇足だ、とする感想も見かけたのだが、それ以上に単にナチスとヘス一家の話(他人事)としてしか捉えていない感想も多く見かけて、つらかった。こんなにはっきりと表現しているのに。『最後の決闘裁判』と同じく、監督の絶望は深いだろうな、と胸が痛くなった。


★★★★★