アラジン

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その願いは、心をつなぐ。
そして―世界は輝きはじめる。

監督・脚本:ガイ・リッチー
脚本:ジョン・オーガスト
撮影監督:アラン・スチュワート
編集:ジェームズ・ハーバート
プロダクションデザイン:ジェマ・ジャクソン
衣装:マイケル・ウィルキンソン
音楽:アラン・メンケン


アニメ版『アラジン』好きだし、高評価だし、楽しみにしていたんですよ……。たしかにザ・フレッシュ・プリンスDOLBY ATMOSは最高に楽しかったし、豪華絢爛なダンスシーンには心躍るし、ガイリチ印のちゃかちゃか回しに笑ったり、すばらしい歌唱に涙ぐんだりもしたけれど……。
いよいよ、本格的に、ディズニーのポリコレが胃にくるようになってしまった。ディズニーが提示するプリンセス像を好きになれないし、正直自分の子どもに見せたくないな、と思ってしまった。

思えば、『シュガー・ラッシュ オンライン』を観た時の違和感。うまく言語化できなかったのだけど、この方の感想はすごくわかりやすい↓

www.jigowatt121.com


今作と共通して感じるのが、まずテーマと結論ありき。で、そこに無理にストーリーをはめているので、キャラクターの行動原理がゆがんでみえてしまう。

note.mu


そして、問題のポリコレ。
わたしにはこれはポリコレではなく、差別を今までと逆方向にしただけで、かつどんどんイデオロギーが画一化されている気がするのです。

例えばよほど黒歴史清算したいのか、不要な白人王子貶し。人を見かけで判断する浅薄で頭からっぽなハンサム―こんな描写は人種や性別を入れ替えただけだし、『シュレック』が2001年なのにいつまでこれやるの?白人の男の子が傷つかないと思うの??

そして、わたしが今作で最も問題があると思ったのはジャスミン。今作はジャスミンが性差別を越え、国王になるという結論ありきなのですが、今作のジャスミンって本当に良い国王になるだろうか?
まず、王の資質が自己申告で「民のことを考えている」「勉強してきた」。んで行動を見てみると、盗んだパンを子どもに分け与えるけど、母の形見のブレスレットは手放さないし、1時間に1回お着替え。お忍びでバザールに出ているし、舌鋒鋭く意見もしているし、そもそもそれほど抑圧されていない。それで「黙ったりしない」と男たちを妄想で消し炭にされても……。
まず自分の富を手放して民に分け与えるべきだし、野に下って自分の王としての資質を見つめ直すべき。バーフバリを見習ってほしいです。

明確な描写がないのに、「ずっと男たちに抑圧されてきた」風なイデオロギーは逆差別を助長するだけだし、本来抑圧の主体に性別は関係ないはず。それを美しく気高いナオミ・スコットにすばらしい歌で刷り込ませるのは、完全に害悪ではないかと……。王族にパンを盗られる店主の身になってよ。消し炭の対象が男女逆ならどうなのよ。かなしくなるよ。『アラジン』で『キャプテン・マーベル』やりたかっただけだろ…と思ってしまいました。

法の曲げ方や軍部へのアプローチもものすごくこわい。結局、地位と魅力と自分の正しさを信じて上げる「声の大きさ」で全てをねじふせているように見える。ディズニーはリベラルを標榜しているように見えて、結果提示しているプリンセス像がトランプに近くなってしまっている気がしてぞっとした。法治国家の崩壊かよ。プロパガンダの手法だよ。

ディズニーの実写化問題/ポリコレ配慮に関する考察で興味深かったものを貼っておきます↓

cinemandrake.com

nightyqueer.hatenablog.com


★★