WAVES/ウェイブス

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愛が、再び押し寄せる
傷ついた若者たちが、新たな一歩を踏み出すまでを鮮烈に描く希望の物語。
超豪華アーティストによる31曲が全編を彩る。
ミュージカルを超えた“プレイリスト・ムービー”

原題:WAVES
監督・脚本:トレイ・エドワード・シュルツ
撮影:ドリュー・ダニエルズ
美術:エリオット・ホステッター
衣装:レイチェル・デイナー=ベスト
音楽:トレント・レズナーアッティカス・ロス


予告観た瞬間、「一生の一度の傑作」の予感はバチバチにあったんですよ。なにしろ、「プレイリスト」の豪華さよ!ふだん映画を観ない界隈でも話題になるほどでした。

基本的には看板にまったく偽りはないです…とくに、「プレイリスト」はさることながら、それ以外の劇伴もすさまじかった。音楽も、色彩も、弱さを抱きしめる世界もうつくしい。けれど、わたしはこんなにやさしくなれない……と思ってしまった。波に乗れなかった。


以下、ネタバレ。

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はちどり

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この世界が、気になった
世界の映画祭で45冠、韓国で異例のヒットを遂げた、キム・ボラ監督長編デビュー作

英題:HOUSE OF HUMMINGBIRD
監督・脚本:キム・ボラ
撮影:カン・グクヒョン


高評価は漏れ聞こえてきていたけれど、信頼の友の激推しで、優先順位を上げました。たしかにこれはすごい……。なにがすごいってこれが長編デビュー作というのがやっぱりすごい。
描写自体はものすごく繊細なのに、省略や余白がものすごく大胆で、巨匠感がただごとじゃない。

とにかく徹底的な14才の目線と大胆な余白が圧巻だった。
冒頭のエピソードから不穏な豪速球を放ってきて、目が離せなくなる。自宅のドアが開かず、主人公ウニは母親が故意に開けてくれないのでは、と半狂乱になるが、実は階をまちがえていた、というエピソード。なんということはない話だけど、ここにすでに14才の不安やよるべなさ、認知の歪みがぎゅっと凝縮されている。しかもなんの説明もないし、たぶん観客によって受け取り方もだいぶちがうと思う。

そこから淡々としずかに描かれていく、14才ならではのせまい世界にぱんぱんに詰まった無力感、理不尽、自己嫌悪、やるせなさ、と希望。他人のことどころか、自分のことすらわからずもがく危なっかしさ。世界の残酷さ*1と美しさ。そして、メンターとの出会いによって訪れる成長と開かれる世界の扉。ラストに至って、ウニの目に映る世界は確実に変わっているように見える。

それまでのウニの目に見える世界は、おそらく現実の世界とはすこしずれている。例えば冒頭のエピソードや彼氏のイラスト、友だちの「ウニはときどき自分勝手」という言葉など、そこかしこにピースがさりげなく配置されているので、ほんとうに油断ならない。とくに、ウニの目に映るヨンジ先生の「ファム・ファタル」っぷりはすばらしい。煙草にお茶にお香。あこがれてしまうよね。

そのピースのなかでも、終盤提示される「母親の目線」という一撃は決定打だった。あらすじに書かれている「自分に無関心な大人」という一文に、自分はずっと違和感を感じながら鑑賞していたのだけれど、この描写でそれが決定づけられた。友だちやいっしょに暮らしている家族でさえ、心の中はわからない。それでも視線が合わないだけの、一方通行の愛情は存在する。

他のどの登場人物の目線を通しても、全くちがう物語が姿を現しそうな余白。女性の視線の描写が多いけれど、男性への抑圧にも寄り添っている。そんなふうに個人的なちいさな物語でありつつも、家族は最小単位の国家なんだな、と思わせるような国全体の問題への照射や次の世代へのエールも見事でした。

とくに連想したのはエドワード・ヤンの『ヤンヤン 夏の思い出』。説明しない余白はイ・チャンドン、世界と自分との間のうすい膜、淡く発光するような透明感は岩井俊二。あとは「しこりの消失」やヨンジ先生の造形など、モチーフに激しく村上春樹みがあって、ヨンジ先生失踪するか亡くなるかするのでは……と思ってしまった。

追記:
前述の友だちが教えてくれたので、『リコーダーのテスト』も観ました。

t.co

『はちどり』の前日譚。
よりミニマルで『はちどり』と完全なる地続きでふるえた。これもやはり世界の扉が開かれるちいさな物語で、とても味わい深い。

自我や承認欲求の高まり、よその家との比較や両親の全能感の薄れなど、少しずつ世界が拡張していくウニの成長がまぶしくて切ない。

わたしは、やっぱりどうしても過剰にウニのおかあさんにいれこんでしまう。彼女の「可愛い」に全然嘘はない。ただあまりに疲弊し、摩耗し、諦めてしまっているのだ。でもちゃんと家アップグレードしててえらいじゃん、と思った。


★★★★

*1:「前の学期の話」というパワーワードよ!

ストーリー・オブ・マイライフ/わたしの若草物語


今日も「自分らしく」を連れて行くー。
作家ルイーザ・メイ・オルコットは、主人公ジョーに自らの生き方を重ねながら、ベストセラー著書「若草物語」を書き上げた。これは、彼女が小説家になるまでの物語。
第92回アカデミー衣装デザイン賞

監督・脚本:グレタ・ガーウィグ
衣装:ジャクリーン・デュラン
音楽:アレクサンドル・デスプラ
原作:ルイザ・メイ・オルコット


コロナ禍の中、第二子を出産しました。帝王切開につき、6/10執刀と出産日が決まっており、6/12公開の本作に一歩届かず痛恨……としょげていたのですが、育児がスタートしてしまえば、いやむしろ行ける!夫が育休中で、新生児はほぼ寝っぱなしで、母乳が本格化していない今こそ!*1

というわけで敢行してきました!夫、いつも本当にありがとうな。6/5に映画納めのつもりで『デッド・ドント・ダイ』を観に行っていたので、映画館自体はそれほど久しぶりというわけではなかったけれど、やはり感慨深かったです。そしてこの作品は映画館で観てほんとーーーうに良かった!

最高の若草物語……!二つの時間軸がていねいに織り紡がれていく構成にあっという間に惹きこまれた。これで脚色賞獲れないかねーーー!?
古典から現代への照射、オルコットの人生をも内包するような編集はウルトラCだと思ったし、その全てがわかりやすく、そしてあくまでさりげなく驚くほどサラッと描かれていることに震えたんですが!

とにかく四姉妹がみな可愛すぎて愛おしすぎて泣けてくる。4人が肩を寄せ合っているだけであたたかいきもちになるし、男だらけのローレンス家との比較で、花が咲いたようによりあかるく見える。

彼女たちが愛され庇護された少女時代を経て、なにかを失い諦め妥協しながらも、自らの幸せを追い求めていくさまがすばらしい。
女優としての才能や華やかな生活を諦め、愛を貫き、貧困と折り合いをつけるメグ。病弱ゆえに誰よりも透徹した達観を持ち、早くおとなにならざるを得なかったベス。画家としての挫折やジョーへの劣等感を乗り越え、初恋(と資産)を勝ち獲ったエイミー。そして、孤独感にあえぎながらも、自らの夢で自立する「自由な中年女」ジョー。4姉妹以外の、母やマーチ伯母の生きざまも一本筋が通っているし、ジョーを中心とした各登場人物の同異点や関係性の繊細さも胸に刺さる。


画からくる多幸感もすさまじい。
もうシアーシャ・ローナンティモシー・シャラメのキャスティングの時点で大勝利だし、その他のキャストもパーフェクト!過去と現在の色調、衣装をはじめとする人物を含めた色彩配置のうつくしさ、絵画のようなキメ画の数々。ため息がもれてしまうよ。


とても個人的な物語が普遍性を獲得し、人生の苦い部分を抱きしめるような描き方はまさに原作の核だし、オルコットに対するリスペクトにあふれたラストも文句なし。
『レディ・バード』に続き、最高の映画をありがとう!愛してる!グレタ・ガーウィグ*2


★★★★★

*1:本来は安静にしているべき時期です……

*2:しかもいつの間にやら第一子も出産しているわけで…神技すぎる……!!

ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから

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原題:The Half of It
監督・脚本:アリス・ウー
撮影:グレタ・ゾズラ
編集:イアン・ブラム、リー・パーシー
音楽:アントン・サンコー


信頼の佐久間船長が「上半期ベストかも……」と絶賛していて、わたしの好みを知り尽くした友も「絶対好きなやつ!」と太鼓判を押してくれたので即!結果、ア゛ーーー 最高!すばらしく瑞々しくて、胸をわしづかみにされました。

少し前に『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』を観て「A24の青春映画」という俺得案件であったにも関わらず、あまり刺さらなかった*1のを地味に引きずっていたのだけれど、この映画がきれいさっぱり払拭してくれた。

コロナ禍による自粛生活で配信にはとてもお世話になっているけれど、やっぱり映画館が恋しい。家のテレビだと集中力や没入感が足りない……と思うことも多かった。そんな中、久しぶりに心の底から「やっぱり…映画…大好き……!」と思えた、年間ベスト級の作品でした。

まず、主要キャラクターがみんな愛おしすぎる。
おそらく監督自身が最も色濃く反映されている、主人公のエリー・チューを筆頭に、想い人であるアスター、野暮天アメフト部のポール、エリーの父など、どのキャラクターの魅力も葛藤も成長も、スタートからラストまでていねいに活写されていて、観ていて本当に気持ちが良い。アスターの婚約者ですらヌケの良いバカさがにくめず、しかもエリーを「セクシー」と評したりもして、うんうん!とニコニコしてしまった。おかげで自分とかけ離れたキャラクターであっても、きちんと思い入れられるし、すっと心の中に入ってくる。
この監督は人間に対して敬意や誠実さがある人で、一面だけを見ようとしていないんだなと思う。

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そして、文系に対するくすぐりが過ぎる、数々の文学や映画の引用。『日の名残り』、『ベルリン・天使の詩』、『フィラデルフィア物語』に『出口なし』!

ew.com

列車を追いかける映画、気になりすぎて調べてしまった。
(『Ek Villain』というボリウッド映画でした。)

監督が知性や芸術へ圧倒的な信頼を寄せているのが伝わった上で、さらにエリーをそこから飛躍させるクライマックスにはガッツポーズしかないし、ラストでの伏線回収には「わたしの涙腺ぜんぶしぼりとっちゃって〜」と清々しいまでに全面降伏。そこから未来へつながる余韻も、希望と昂揚感にあふれていた。(つまり技ありすぎるタイトルが示す通りの鑑後感。どこまで気が利いてるんだよ!)

あとは、フード描写も最高でした。ヤクルト!タコス!餃子!フライドポテトをミルクシェイクにひたして食べるのが正義に思えてくる!


★★★★★

*1:よかったとは思うものの、主人公ケイラにもお父さんにも自分が思い入れる要素が少なかった。綿密に取材したという現代のティーン像はリアルだったものの、「最初から子を全肯定している親」というのは自分にとってはファンタジーで、ありていに言えば「自分の映画ではない」と思ってしまった。

37セカンズ

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私の「時間」が刻みはじめる。
37秒間ーそれは、生まれてきた時息をしていなかった時間。
第69回(2019年)ベルリン国際映画祭 パノラマ部門最高賞(観客賞)、国際アートシネマ連盟(CICAE)賞をダブル受賞

英題:37 SECONDS
監督・脚本:HIKARI
助監督:二宮孝平
撮影:江崎朋生、Stephen Blahut
編集:トーマス・A・クルーガー
美術:宇山隆之
ヘアメイク:百瀬広美
スタイリスト:望月恵
サウンドデザイン:Sung Rok Choi
音楽:Aska Matsumiya
挿入歌:CHAI


世界的新進気鋭・HIKARI監督の長編初監督作品。
各地で絶賛されているのを知っていて、劇場で観よう観ようと思っているうちにコロナ禍。日本のNETFLIXに上がってくるのを心待ちにしていました。

号泣……。前評判の高さも納得の出来栄え。一人の女性が自力で羽ばたくまでを描いた普遍的な物語だし、マイノリティやその周りの人々の佇まいや優しさを自然に描き出してもいて、監督の価値観やスケールの大きさを感じました。

まず、主人公の視点に寄り添うようなカメラワーク。この位置からだと不快なものが眼に映ってしまいやすいんだ…というかるいカルチャーショック。その後の淡々と描き出される生活描写からも
不安や心細さがしんしんと降り積もっていく。そんな主人公を見守る母親の過保護にも充分納得できる。

個人的には、「外の世界の子を見ることはできない」親の『20センチュリー・ウーマン』的な側面に泣かされっぱなしでした。子どもが羽ばたく手引きをすることも、その瞬間を見ることも、親にはかなわない。
メンター役は最高に魅力的に描かれるのが肝で、『20センチュリー・ウーマン』で言えばグレタ・ガーウィグだし、『ローラーガールズ・ダイアリー』ならクリステン・ウィグを筆頭にしたHurl Scoutsの面々。今作で言えば、板谷由夏演じるアダルトコミック雑誌の編集長や渡辺真起子演じる障がい者専門のセックスワーカーだ。
それでも、母が娘への呪縛を解いて、巣立ちを受け容れるシーンの尊さには言葉がなかった。親も子に救われている。『レディ・バード』『ローラーガールズ・ダイアリー』
『スウィート17モンスター』のような青春映画の輝きがあった。

主演の佳山明さんのイノセンスは言うまでもないけれど、それがさらに共演者の役者魂に火をつけている気がした。もともと名優ぞろいのキャストだと思うけれど、みな明らかに魂の込もった演技をしている。石橋静河が「どんな小さな役でも」と出演を熱望したのも、佳山明さんの初日舞台挨拶で共演者たちがもらい泣きしてしまったというエピソードもすごくうなずける。

movie.jorudan.co.jp


後半の展開の唐突さや介護士のキャラクターを疑問視する声もあるようだけれど、わたしにはとても自然な流れに思えた。わたしの夫の仲間のパンクスは介護に従事している人がとても多いため、あのキャラクター造形や一連の行動、主人公との距離感はとてもよくわかる。ひとに手を差し伸べることへの垣根が低く、もちろん基本的に善意や好意に根ざした行動だけど、あくまで仕事でもある。
こういうキャラクターを自然に描いているということは、おそらく監督自身もマイノリティ・コミュニティとのつながりが深い人なんだろうな、と感じたし、どことなくドリュー・バリモアを思わせるようなところがあるなと思いました。
次回作がとても楽しみです。


★★★★

初恋

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最期に出会った、最初の恋
誰ひとり欠けても、この恋は生まれなかった

監督:三池崇史
助監督:山口将幸
脚本:中村雅
撮影:北信康
編集:神谷朗
美術:清水剛
装飾:岩井健志
編集:神谷朗
音楽:遠藤浩二


うれしいことに、今年に入って鑑賞した映画が粒ぞろいなのですが、このご時世に公開される映画として出来が良すぎて……。なにも考えずにカタルシス!な「ヒャッハー」映画への思いがつのる。ほんとはチャリエン観たかったんだけど…(合う回がなかった)くらいのテンションで観に行ったのですが、予想をはるかに超えてぐっときてしまいました。

Payback, 憑物落とし, Rebornな『トゥルー・ロマンス』!古き良き邦画のいなたさ!!これは良い三池!!!

まず、一夜で世界が変わってしまう群像劇って時点で大好物なんですよね。そしてそれを彩るキャラ立ちまくりの登場人物。全員に各々の物語があって、そのひとなりの懸命さで生への渇望があって、結果清々しいほどの死にっぷりで、人生に決着をつけていく―、そういう人生賛歌になっていると思いました。

とにかく、役者がみんなすばらしいし、見せ場が映える!おそらく一番の芸達者がやるべき狂言回し役の染谷将太のババア殴りに大量殺人にヤクすりこみ。大森南朋の「ユニディってなんでもあるな」に「イイ顔してるじゃないか」、「あきらめるな…あきらめるな…」からの「やべっ」誤射。バール片手にゾンビ&極妻枠を一手に担うベッキー。毎度キメッキメの画で極道を体現する内野聖陽と、もはやブロマンスみすらある片腕を奪われた仇敵ワン、さらに始まらなかったチアチーとの「初恋」。

窪田正孝&小西桜子カップルはお互いつらい生い立ちだけれど、元凶である親や環境に対するリベンジではなく、あくまで自分との戦いによって新たな人生を獲得するのに泣けた。窪田正孝が余命問題で一旦完全に脱力した後、「死んだ気になりゃ、やれるはずってこと……!」と自らをリブートする一連のシークエンスにはめちゃくちゃ胸が熱くなったし、ユニディ離脱後、ふわっとしたハッピーエンドにせず、小西桜子に恋によく似た「崇拝」から卒業させ、まずは薬物治療を経て自立を徹底させる、ところもすばらしかった。

お互いが過去を清算して、ひとりで立てる対等な人間になって初めて「恋」が始まる。「筋」と「仁義」を通すという意味で、まごうことなき「任侠映画」だなと思いました。


★★★★

スキャンダル

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ニュースをお伝えします。
世界騒然!全米最大TV局の、あの騒動の真実。
ハリウッド至高の3大女優が放つ、衝撃の実話。

原題:BOMBSHELL
監督:ジェイ・ローチ
脚本:チャールズ・ランドルフ
撮影:バリー・アクロイド
編集:ジョン・ポール
特殊メイク:カズ・ヒロ
衣装:コリーン・アトウッド
美術:マーク・リッカー
音楽:セオドア・シャピロ
Inspired by actual event.


自粛ムードの中、楽しげな映画に心惹かれるものの、信頼できる友たちが「ヘトヘトになるけど…」と前置きしつつ絶賛していたので、観ておくべきやつなんだな、と。トランプ当選という「現実」がある以上、爽快な勧善懲悪モノにはなり得ないとわかってはいたけれど、ほろ苦---!注意通りにどちゃくそしんどい映画だった…109分とは思えないほど消耗した。
ものすごい情報量をさりげなく的確に配置し、スピード感を落とさず押し切るのは『マネー・ショート』の脚本家 チャールズ・ランドルフの色が濃く出ているのかもしれない。

ライフ/キャリアステージやクラスタ、理念や守るべきもの、の違いからくる女性の連帯のしにくさ、各個弧戦状態に陥った時の心細さ、が痛々しいほど鮮やかに描かれている。
それでいて、結局チームを組まずに、個々で戦い切る物語にしたことに胸が熱くなる。服装やメイクのパッと見だけでも、彼女らがお互い相容れないと思っているのがわかる。「いけ好かない相手だけど、共通の目的のために今だけは手を組もう」という展開は、映画の定番だしわかりやすく盛り上がるかもしれないけれど、そうはしない動き方、そうはさせない環境の苛酷さが、リアルでとても良かった。女性を孤立させ自身を責めるように仕向けられる構造が問題なのだから。グレッチェンの「私が全部引き受ける」という覚悟がないと、打開なんてできない。

レッチェンにもメーガンにも娘がいて、揺らいだ時にさりげなくその存在が示唆される。ケイラがメーガンを責める「下の世代の声」は、つまり娘たちの代弁でもある。自分の尊厳や立場だけを守って逃げ切れば、ツケを払わされるのは下の世代なのだ。下の世代に対する責任の重さよ!

メイン3人を取り巻くキャストも相当緻密に配置されていると思う。同じ女性であっても、クローゼット民主党支持&ゲイ(ケイト・マッキノン!)もいれば、「チーム・ロジャー」をアピールする社員、さらにはロジャーの妻もいる。映画のテーマ的に女性の観客の方が共感しやすいとは思うが、同じチームの中にも性別/政治的スペクトル/国籍が違う人間が配置されていたり、メーガンの夫やマードック父子、スタッフから一視聴者まで、男性キャストのスペックも決して一様にはなっておらず、バラエティに富んでいるのに感心した。「魚は頭から腐る」の「頭」ロジャーですらも、完全な悪人としては描かれていないと思う。

この映画に対する感想を読み漁ってしまうわたしは性格が悪い。「もしこの人がFOXニュースの社員だったらどういう立場を取っただろう」「配偶者/友人/同僚がこのような目に合ったら、この人はどういう動き方をするだろうか」という目線で読んでしまう。もしくは「自身がこのような目に合うまで他人事なのだろうか」と。

ことほど左様に、弱者や他者に対する想像力を問われることになる作品だと思う。下の世代に対する責任という点では、フェミニズムに限ったことではないし、射程の広さに恐れ入りました。日々自分の意識をアップデートしていかないと、簡単にロジャーのように時代に取り残された人間になってしまうな…と襟を正されまくりでした。


★★★★