コーダ あいのうた


家族の中でたった一人 健聴者である少女は、「歌うこと」を夢みた。
聞こえない耳に届く最高にイカした歌声が、今日、世界の色を塗り替える。
第94回アカデミー作品賞/助演男優賞/脚色賞


原題:CODA
監督・脚本:シアン・ヘダー
撮影監督:パウラ・ウイドブロ
編集:ジェロード・ブリッソン
プロダクションデザイナー:ダイアン・リーダーマン
衣装:ブレンダ・アバンダンドロ
コンポーザー:マリウス・デ・ヴリーズ
音楽プロデューサー:ニコライ・バクスター


すごく良かったんだけど、期待しすぎた面もあったかなー!というのが率直な感想。2015年に観たきりで今回とくに復習もしなかったオリジナル 『エール!』の印象が思った以上に鮮烈に清々しく自分の中に残っていて……。「7年前にこれ撮ってたのもっと評価されてもよいのでは??」とひるがえって『エール!』の評価を上げることになりました。とにかく復習もしてないので、ぼんやりした感想で申し訳ないのですが……。

『コーダ』は『エール!』をとてもていねいにブラッシュアップさせている印象で、『エール!』と比べても洗練されているし、メッセージや映画としての輪郭がはっきりし整っていると思うのだけれど、それらはすべて聴者の観客に向けた演出な気がして…。タイトルにも象徴されるように『エール!』の方がこの家族を「ふつう」の家族として捉えているようなフラットさ・抜けの良さがあるような気がしてすき。一家の生業を農業から漁業に変更したことでより映画としてはわかりやすくなったけれど、「それってなんのため?」という気はしてしまった。
あと2022年のいま、母が「健聴だとわかったときがっかりした」と家庭内マイノリティの娘に語るのはがっつりアウトだと思う*1し、福祉や周囲の人間等の意識はもうちょっとアップデートされていてほしい気もした。

とはいえ、『エール!』で感動した歌描写は見事に継承されていて、コンサート→父との対話→オーディションとそれぞれに工夫された演出と登場人物たちの心境の変化、そしてすばらしいパフォーマンスが涙をしぼりとっていくので、『エール!』を知らずに観ていたらもっともっと感動できただろうな、とも思った。


『エール!』になくてぐっときたポイントは、お兄ちゃんかな。『シング・ストリート』のお兄ちゃんを彷彿とさせるような人物像にはどうしても弱くて……。『シング・ストリート』のフェルディア・ウォルシュ=ピーロが出てるの確信犯か?と思うくらい(笑)


★★★

*1:ろう者の娘にそう語るのがアウトなように聴者の娘にそう語るのも同じことだと思うし、感動げなシーンとして描かれていたけれど、個人的にはこの映画屈指の残念なシーンだと思う

スパイダーマン ノー・ウェイ・ホーム

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全ての運命が集結する

原題:SPIDER-MAN: NO WAY HOME
監督:ジョン・ワッツ
脚本:クリス・マッケナ、エリック・ソマーズ


早く観なきゃネタバレ踏んじゃうよー!と焦りまくっていたけれど、賢者(友だち)が「過去作復習で後悔はさせない。どうしても時間ないなら『アメスパ2』だけでも」と力強く推してくれたので、無印3とアメスパ2という卑怯な復習で臨みました。いつもありがとう…!これ感動の度合いに大きく影響するじゃんか…!

だいたいみんな同じだと思うんだけど、サム・ライミ版(とくに1)はかなりはっきり覚えているんだけど、マーク・ウェブ版あまり覚えていなかった。さらに直近のトムホの陽の印象が強いので、正直無印3とアメスパ2観返して「こんなつらい話だったっけ?」「そしてMJ(グウェン)こんな猛烈だったっけ?」とがく然とした。


とまぁこんな感じでバタバタでしたが、晴れてIMAX鑑賞。

以下、ネタバレ。

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ハッピーアワー

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監督・脚本:濱口竜介
脚本:高橋知由
撮影:北川喜雄
助監督:斗内秀和、高野徹
音楽:阿部海太郎


濱口監督すごすぎる!とワーワー騒いでいたら、友だちが借してくれた。
期待を裏切らずほんとうにおもしろかった。5時間超えの長さを全く感じないし、サブテキスト読みたいし、サブストーリー蔵出ししてほしい……。濱口監督の講義やワークショップ受けてみたいなぁぁぁ!

とにかく脚本にマーカーを引きながら読みたいほど、パンチラインの連続。膜で隔てたような実のない会話に、ボクシングのような言葉の応酬、そして身体的コミュニケーション。それらを駆使してもこぼれ落ちてしまうものと、それらを超えて伝わるなにか。
「偶然の積み重ねが運命」、「なりたい自分との差からくる自己嫌悪」、「誰にも聞かれなかったから言わなかった」、「誰も悪くないのになぜこんなに傷つくのか」、「正しさとか関係なくない?」と、次から次へとぶっ刺さる議題が湧きだしてきて、ただただ泣いてしまう時間もあった。

もともと群像劇は大好きだけど、各登場人物への距離感が見事だった。間違って見える人の言い分も一理あるように描かれているし、ちょっと嫌いになりそうなタイミングでぐっと引き戻されたり、ずっとシーソーを揺らされ続ける。鵜飼のワークショップで語られていた「自分と他者との重心を探る」ように、映画内で繊細に調整され続けるバランスは、全編にわたってすばらしかった。
ともすれば「濱口監督は離婚テロリストだ……」と感じてしまうような内容で、実際「結婚は進むも地獄 引くも地獄」というせりふがあったり、「良い妻でありたいという気持ちには何の価値もないと、何もしないということで踏みつぶす男」という概念が描写されていたりもする。仮題は『BRIDES』だったそうだが、それを『ハッピーアワー』とほんの少しだけ希望に引き寄せたタイトルにしたことにも、このバランス感覚は象徴されているような気がする。
鵜飼の「全然わかんないんですけど、いいんじゃないですか、すごく」というせりふを聞いて、濱口監督はこういう目線で人を見ているのかな?と思ったりした。

また、特典の『幸せな時間の先に』(出演者インタビュー)がべらぼうにおもしろかった。良彦を演じた役者さんが「脚本を読んで最初は嫌い、友だちになれない、と思った。今は全然ある、友達になれる、と思う。」と話していたのが、まさにこの映画を言い表していると思った。また、ラッシュを観てどんどん魅力的になっていく主演4人にびっくりした、と話している役者さんがいて、これは本当にわたしも同じ!と思った。職業俳優ではない4人の女性のふとした瞬間が、はっとするくらいうつくしく映し出されている瞬間が何度もあって。ずっと共にワークを重ねてきたメンバーならなおさら驚きが大きいのかもしれない。

わたしは濱口監督と村上春樹には親和性があると思っているのだけれど、村上春樹の文体と同じく、濱口監督の電話帳読み演出も発明だな、と思った。あとは、自分がとても影響を受けた『マグノリア』や『薔薇の木 枇杷の木 檸檬の木』(江國香織)と近いものを感じて、この作品も何度も反芻することになるだろうなと思う。



追記:
後日サブテキスト掲載の『カメラの前で演じること』も読んだ。


役者の理解のために書かれた脚本がこんなにもおもしろいなんて本当にぜいたくだ。「ベイルート」や「旧グッゲンハイム邸」などディテールが楽しくて、濱口監督のサブカルオタクぶりが伺える。


★★★★★

2021年の音楽をふりかえる

ecrn awardに投稿しました!
https://ecrn.web.fc2.com/tally21.html



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今年はほんとすいません!BTSしか聴いてないんですよ!
わたしがBTSを初めてawardに登場させたのは2018年なのですが、ようやく「Butter」で堂々と沼に落ちようと思いました!遅い!Dynamite新規ですらない!*1 ずっとKポ沼へのお誘いは受けていたんですが、自分含めてみんな、わたしがハマるなら絶対にガールズグループだと思ってたんですよね…。
そうと決めたら即過去の履修。おかげで余暇のほとんどを捧げてしまいました。今年、わたしは途方に暮れていて。子どもはめちゃくちゃかわいいけれど、二児の母という属性にどうしてもなじめなくて。そんな属性にまつわる「社会的偏見や抑圧」を文字通り「防弾」してもらいました。本当に助かったし、人生初の推し活めちゃくちゃ楽しかった。


そんなわけでBTS以外の音楽は、平日の夕食時か休日の朝に子どもたちといっしょに聴くのがメインでした。もしくは就寝時にMIX流すくらい。もうアルバムに向き合う気力がない、って10年以上前からずっと言ってる気がするけど、今年は今までの自分の好みとはちょっと違うものを流す楽しみをひそかに感じることができました。


awardの順位とは少し前後するけど、そういう風によく聴いた6枚はこちら!











Jubilee

Jubilee

  • Dead Oceans
Amazon





よかった曲。

  • Campanella feat. Kid Fresino / Puedo


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  • Anderson .Paak / Fire In The Sky


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  • Doja Cat feat. SZA / KISS ME MORE


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  • FNCY / TOKYO LUV


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  • スカートとPUNPEE / ODDTAXI


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  • Silk Sonic / Skate


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  • Justin Bieber feat. Daniel Caesar, Giveon / Peaches


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  • Regard, Troye Sivan, Tate Mcrae / You


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  • Magdalena Bay / Secrets (Your Fire)


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娘お気に入り枠

アルバムでも挙げたけど。とにかく死ぬほど聴きましたね。

  • Park Hye Jin - Let's Sing Let's Dance


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さて、昨年目標に掲げた肉体改造ですが、ようやく出産前の体重に戻りました!体重が元に戻らないまま第二子を妊娠したので、ずっと体重オーバーの状態が続いていたのですが、わたしと推しは身長がほぼ同じなので「推しはこの体重!(しかも筋肉込み!)」と念じていると、ふんわり「体重戻したいな…」と思っていた頃より確実に効果が出ました。
バレエ習ってますと言うのが恥ずかしいほどからだが硬く、ターンでは目を回すわたしですが、先生に「ターンと股関節の使い方がいきなり上達したけどどうした?」と聞かれて、心当たり一つしかない…って思いました。ようやくポワント(トゥシューズ)のレッスンも再開でき、とても楽しかったです。推しよ、ありがとう!

  • BTS feat. Megan Thee Stallion - Butter


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*1:てか誰か彼ら自身が制作に携わっているから楽曲のクオリティについては心配しなくて大丈夫と一言教えてほしかった…そしてThree 6 Mafiaハンス・ジマーを好きなメンバーがいるよ、と…

2021年の映画をふりかえる

2021年、つらかった……!
復職し、平日はワンオペに。この期に及んで二児の母という属性にいつまで経ってもなじめず、「これがわたしの望んだ人生だっけ?」とぼんやりしてしまうことが多かった。そんな合間にとぎれることなく訪れる腫瘍手術(夫・愛犬も)、子らの発達遅れ疑惑、コロナ休園、母の脳梗塞未遂、隣人トラブルetc……。花恋の菅田将暉並みに(概念としての)「死んだ目でパズドラ」ととなりあわせの日々でした。

さいわい(?)担当業務が急を要さないものに変わり、コロナ禍シフトで週休3日制だったので、映画館へ行くチャンスには恵まれました。これには本当に救われた。(裏を返せば、全然働けてないな…という懊悩はあった。)
来年からはそれも終了なので、今は先のことを考えるのは止めにしています…。


では、今年もベスト10まで以下列記。


1.ドライブ・マイ・カー



2.サウンド・オブ・メタル



3.街の上で



4.すばらしき世界



5.偶然と想像



6.プロミシング・ヤング・ウーマン



7.ラストナイト・イン・ソーホー



8.アメリカン・ユートピア



9.エターナルズ



10.シャン・チー テン・リングスの伝説



自分の行動範囲がせまかったこともあるのか、ごくごくささやかで個人的な物語にぐっときました。
そして記憶している限り、ベスト10内に同じ監督の作品を入れたことはないので、本当に濱口竜介監督すごかったな、と。同時代にすばらしい監督の新作を追えるありがたさよ!

いちばんよかったなと思う役者さんは、役所広司さんかな。西川美和監督の『スクリーンが待っている』も読んだのですが、やっぱり底知れない俳優さんだな、と。


あとは、役者としてというかとにかくキャラが好きすぎるオークワフィナ。『フェアウェル』も遅ればせながら今年観たんだけど、同年代だったらけっこうまじめにロールモデルにしていた気がする。


シスターフッドフェミニズムという面では、映画にもリアルな女友だちにもめちゃくちゃ助けられました。各位、引き続きどうぞよろしくお願いします。来年もなんとか生きる!

偶然と想像

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驚きと戸惑いの映画体験が、いま始まるー

監督・脚本:濱口竜介
撮影:飯岡幸子
助監督:高野徹、深田隆之
美術:布部雅人、徐賢先
スタイリスト:碓井章訓
メイク:須見有樹子


今年の濱口監督すごすぎる!今日本で一番好きな監督かもしれない。そして『街の上で』今泉力哉監督の時も思ったけど、このやり方ならずっと撮りつづけられるし無敵じゃん。
偶然のつみかさねが、ひとを思いがけない場所に飛躍させ、良くも悪くも未練や呪縛から解放してしまう。どの話も悲喜こもごもで、軽やかな味わい深さと奇妙な晴れやかさがある。テーマからしてそうだけど、村上春樹短編を思わせる味わいがあって、もともと親和性が高いのかも…と思ったりした。


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◆「魔法(よりもっと不確か)」
この話が一番楽しかった。わたしは完全にカズを応援する体制に入っており、彼がゆれるたびに心の中でワーキャーしてしまった。『浅草キッド』でも「なんて色気のあるたたずまいなんだ!」と感心した中島歩さんがまたいいんだ…。
『寝ても覚めても』の時も思ったけれど、実際に友だちだったらちょっときついかもしれない芽衣子というキャラクターの行動がこんなにも腑に落ちてしまうのはなんでだろう?衝動で生きているように見えてしっかり想像力を働かせている人として描かれているのがとても良かった。


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◆「扉は開けたままで」
これが一番複雑な味わい。3篇とも女性に寄り添っていて、1篇が進むごとにだんだん主人公の女性の年代が上がっていく(20代~40代?)つくりになっているのだけれど、この物語の主人公が一番惑っているように見えた。そのせいか一番失ったり得たり解放されたりの振り幅が大きくて、笑ったりドキドキしたりした。
教授のキャラクターもおもしろくて、「扉は開けたままで」に固執するさまに彼の世慣れなさ、不器用さ、誠実さが感じ取れるようだし、またオープンに見えるその行為が逆に彼を縛っているようにも見える。彼の顛末は気の毒にも思えるけれど、「扉を開けたままにする」ことから解放されたようにも思える余白があった。なんとなく彼女のことうらんでない気がする。
若い男には本当に腹が立つけど、最後のキスでだいぶ呪われた気はする。


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◆「もう一度」
三篇ともとてもおもしろかったけれど、とくに自分にはこの第三話が刺さった。こんなにささやかな物語にパラレルワールドタイムリープシスターフッドを込められるなんて!登場人物と年代が近いので、自分の気持ちを代弁されてもいるようで、『ドライブ・マイ・カー』に続き勝手に救われた思い。
「幸せじゃないなんて言ったら怒られる」という生活をしながらも、「心燃え立つものがない」「時間にゆっくり殺される」と感じている人が映画の中に生きている。「幸せじゃないよ〜!」と即答できる人と答えられない人、どっちがしあわせなんだろう?などと考えてしまった。


★★★★

ラストナイト・イン・ソーホー

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夢と恐怖が、シンクロする
魅惑的で恐ろしい、60年代ロンドンへようこそ

原題:LAST NIGHT IN SOHO
監督・脚本・製作:エドガー・ライト
脚本:クリスティ・ウィルソン=ケアンズ
編集:ポール・マクリス
撮影監督:チョン・ジョンフン
衣装:オディール・ディックス=ミロー
美術:マーカス・ローランド
音楽:スティーヴン・プライス


キワキワのキワを進みながらものすごくぐっと刺さるのが、『プロミシング・ヤング・ウーマン』と同じ今を映す傑作。

以下、ネタバレ

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